とさちょうものがたり

みんなのアルバム

開通祝

  • 日時1972(昭和47)年頃

  • 場所土佐町中島

  • 撮影者

  • 投稿者

 

これは、土佐町の島崎直文さんが見せてくれた写真です。

子供たちはハッピ、大人たちは衣装を着て、何やらお祭りのような賑わいです。撮影場所は土佐町中島地区の中島橋。この写真を撮影した当時、直文さんは小学校3年生だったそう。「みんなでパレードしたんですよ!この辺りを練り歩いて!」と楽しそうに話してくれました。

この橋を渡って山側に歩いていくと、早明浦ダムの堰堤があります。ダムへ通じる道の拡張工事が行われ、その道が完成したお祝いに集まった時の写真だそうです。写真には「開通祝」と書かれた幕が飾られていますね。

写っている皆さんの手前には石ころが。当時は土の道だったことがわかります。

 

現在の中島橋。家々は増え、当時はなかった歩道や標識もあります。橋の下を流れる川を見ながら歩くと、とても気持ちがいい道です。

土佐町の地区の中でも人口の多い中島地区。車や徒歩、この橋を使っている人たちがたくさんいます。日々の暮らしを支える大切な橋の一つです。

 

絵本「ろいろい」の製本作業、始まっています!

製本作業は土佐町の障がい者支援施設どんぐりと大豊町ファーストの皆さんにお願いしています。

絵本「ろいろい」はジャバラ式の絵本。各ページをのりで貼り合わせ、さらに表紙と裏表紙を両面テープで貼る作業が必要です。この作業を経て、初めて一冊の絵本になります。

どんぐりとファーストの皆さん、ただいま製本作業真っ最中です!

 

どんぐりでの制作風景

どんぐりでの作業風景を紹介します。

絵本「ろいろい」の絵を描いてくれたのは、絵描きの下田昌克さん。なんといっても描かれた絵の色が鮮やか!皆さんから「わあ〜!きれいやね!」と歓声が上がりました。

まずは折る作業から。ページの真ん中と右横に折り線が入っていて、それに沿って折っていきます。

 

そして、折ったページを順番にのりで貼り合わせていく作業。

作業しながら「あ!これは宮古野の虫送りやね」「カジ蒸しのさつま芋、これが美味しいきね」と、おしゃべりにも花が咲いていました。

 

ページを貼り合わる作業は、ページが前のページの折り線に重なるように貼ることがポイント。本の出来を左右する重要な作業です。皆さん、とても丁寧に作業してくださっています。

どんぐりの皆さんがコツコツと進めてくれているこの仕事の作業代は、どんぐりの皆さんの工賃となります。

 

絵本「ろいろい」の各ページには、土佐町の人たちが描かれています。作業しながら、「これは○○さんやろうか?」「あ!これはあの人やね」と話していたり…。土佐町生まれ、土佐町育ちの方が「この絵本、まさに土佐町やね!」と言ってくれたことがうれしかったです。

絵を描いてくれた人、表紙や裏表紙の印刷をしてくれた人、製本してくれる人…。ここまで来る過程では、たくさんの町の人たちにお世話になっています。まさに皆さんの力があってこその絵本なのです。

絵本「ろいろい」、完成までもうすぐです!

どんぐりとファースト

土佐町の絵本「ろいろい」、製作は佳境に入っています。

この絵本、表紙と裏表紙はシルクスクリーン印刷で行っています。

印刷作業を担当するのは、土佐町の障がい者支援施設どんぐりのメンバーさんと大豊町のファーストの皆さん。

ふだんからTシャツやポロシャツの印刷をしてくれているメンバーです。

 

表紙の第1版

表紙→どんぐり 裏表紙→ファーストと、自然と担当が決まっていきました。

ここからは動画で印刷の進みを見ていただきましょう。まずは表紙。

 

 

上は、第1版である色の版の印刷。この表紙は色の版(第1版)と黒の版(第2版)のふたつを重ねて印刷します。

第1版の時点では、どんな絵になるのかイマイチわかりずらいですが、ここに後ほどビシッと黒が入ることで一枚の絵が完成します。

印刷はどんぐりのきほちゃん。楽しそうにお仕事してくれるのでこちらも楽しくなります。

 

裏表紙の第1版

こちらは裏表紙の印刷風景。大豊町ファーストの利用者さんが担当。

表紙と同様に、裏表紙も色の版(第1版)+黒の版(第2版)の重ね印刷です。まずは色の第1版から。

 

 

裏表紙の場合、黒で重ねる部分は右下の空白に文字が入るのみなので、表紙に比べると第1版だけで絵がわかりやすいです。

印刷はファーストの剛くん。

 

色の版(第1版)、できた!

 

 

こうしてできた色の版の印刷。上が表紙、下が裏表紙。

鮮やかな色彩のインクを敢えてランダムに混ぜて印刷しています。偶然できる色のグラデーションで、世界にひとつしかない色彩を作っていきます。

このやり方は、シルクスクリーンだからこそできる方法なのです。

 

 

 

 

黒を重ねるよ

さあ黒の版(第2版)を重ねます。表紙は黒が入ることで絵の全貌がわかるようになりました。

ちょっと気持ち良い瞬間ですね。印刷はどんぐりの寿光くん。

 

 

 

裏表紙は奥付という制作者情報の部分を、黒インクで刷ります。

 

 

完成の図

何日もかけてどんぐりとファーストの皆さんが印刷してくれた表紙と裏表紙。

一枚一枚が唯一のグラデーションで出来あがりました。

 

 

さあこの次は製本作業。ページの貼り合わせと表紙の貼り合わせ、これらの作業もどんぐりとファーストの皆さんの作業としてお願いしています。

現在進行形で日々着々と完成に近づいている土佐町の絵本「ろいろい」。

お披露目間近!!

 

 

以下の文章は、2023年2月20日に発行したとさちょうものがたりZINE 11「とさちょうものづくり」の巻末に、あとがきとして掲載したものです。

 

「現場から生まれるもの」文:鳥山百合子

 

2021年6月、とさちょうものがたり編集部が鹿の角で御守りを作り、ガチャガチャで販売しているという記事が高知新聞に掲載された。その数日後、仕事を終えて帰宅すると、我が家の玄関先に何やら色々置かれていた。何だろうとよく見てみると、真竹とじゃがいも、それから袋に入ったお茶の葉がどさっと積まれていた。持ってきてくれた人の心当たりを数人思い浮かべながら、いただいたものを家の中へ入れようとまず真竹を持った時、その感触に「おおっ!」と声が出た。私が持っていたのは真竹ではなく、鹿の角だった。

ここで説明しておくと、真竹は筍の一種で長さは30~40㎝ほど。その茶色の皮には焦茶色の斑点があり、その色合いや風貌は鹿の角に似ているといえば似ている。鹿の角は積まれていた真竹と一体化していて、私はその存在に全く気付いていなかったのだ。

今まで野菜やお餅が玄関先に置かれていたことはあったが、鹿の角は初めてだった。角を持ちながら、真竹ではなかった驚きと、じんわりと込み上げてくる嬉しさを両方感じていた。誰かが記事を読んでわざわざ届けてくれたのだ。「この鹿の角を使ってくれ」ということなのだろう。その気持ちがとても嬉しかった。(後日、持ってきてくれた人は判明しました。)

その後、御守りの制作作業を担ってくれている大豊町の障がい者支援施設ファーストにも、大豊町の猟師さんから鹿の角が次から次へと届いた。それは抱えきれないほどの数で、ただただありがたく、大切に使わせてもらおうという気持ちでいっぱいになった。

 

身近な存在、鹿の角

「鹿の角ガチャ」は、土佐町や嶺北地域の方たちからいただいた鹿の角でできている。この地域は猪や鹿など野生鳥獣による農作物の被害が多く、猟師さんは駆除のために山へ入る。その際、落ちている鹿の角を時々見つけるという。角は雄の鹿だけに生え、毎年春に生え替わる。猟師さんはその角を持ち帰ったり、捕らえた鹿の角を保管していることも多い。猟師さんの家に行くと、長押に角を飾っていたり、その角に上着を引っ掛けたりしていることがよくある。または作業場の棚にぽんと置かれていることも。この辺りでは鹿の角は特別珍しいものではなく、生活のなかにあるものだ。

 

御守りから見えてくるもの

鹿の角ガチャは、今まで約1,500個ほど制作している。高知県内では日曜市や高知蔦屋書店、道の駅なかとさ(2023年3月頃より販売予定)、東京にあるアンテナショップ「まるごと高知」でも販売している。山で生きる鹿の角が1,500個ほどの御守りとなり、誰かの元へ届いているということだ。ある御守りはランドセルに付けられ、またある御守りは家や車の鍵と一緒に誰かのポケットの中で揺れているだろう。

この鹿の角の御守りを手にして、見えてくるものは何か?

先人たちは、鹿の角に御利益があると考えていたという。聳える山々で生きる鹿、鹿を捕らえる猟師さんの存在とその技術、そして鹿の角を分け与えてくれる気風。それらは昔からこの地に存在し、全て根底で繋がっている。その繋がりがあったからこそ、鹿の角の御守りを作ることができたのだ。

御守りを作る過程においても、角を切ってくれる人がいて、紐を結んで、カプセルに入れる作業をしてくれる人たちがいるから、ガチャガチャという形で販売ができる。販売してくれている店舗の存在も然り。言い換えれば、その繋がりの内の何か一つでも欠けていたら御守りは作れなかったし、販売もできなかった。関わってくださっている方たちやこの環境にあらためてお礼をお伝えしたいと思う。御守りを手にした人が、この地の山相や、この土地で生きる人や生き物たちの姿を少しでも思い浮かべてくれたら嬉しい。

 

壮大な営み

土佐町は四国のほぼ中央に位置し、町の面積の87%が森林である。森林組合をはじめ企業や自伐型林業を営む人など、山を生業とする人たちは多く、林業は町の重要な産業の一つとなっている。山の樹木を伐採し、木材を生産することはもちろん、この町には木を植えて育てる人、製材する人、さらにはその材で家を建てる大工さんもいる。

林業は50年、100年先を見据える仕事だと聞いたことがある。子供、孫の世代、それより先の未だ見えない未来を見つめ、一本ずつ木を植える。そしてその木を育て上げ、切って、使う。何十年何百年という壮大な時間のなかで、その時のそれぞれの現場に人が立ち、仕事をする。その一連の営みが成立してきたのは、磨き上げた技術と知恵を持つ人たちがこの地にいて、綿々と自らの仕事を積み重ねてきたからだ。培われたその循環は、この町のかけがえのない財産であると思う。

 

忠賢さんの現場

「木の香り袋」にはヒノキなどのかんなクズが入っている。土佐町や嶺北地域の山の木を切った時にできたものだ。かんなクズは町内の大工さんからいただいており、現在御年89歳、大工の森岡忠賢さんから分けてもらったものもある。

忠賢さんは16歳から大工の仕事を始め、昨年9月に引退。74年間の間にお世話になった人たちへのお礼にまな板を作って配ると聞き、取材に伺ったことがきっかけだった。

作業場にはたくさんの木材が立ち並び、忠賢さんはその中から選んだものを自動かんな盤にかけて表面を削り、滑らかにしていた。その作業をする時にかんなクズができる。忠賢さんのそばにはまな板が何枚も出来ており、足元には山のようなかんなクズがあった。手で掬い上げるとヒノキの香りが舞い上がり、これが忠賢さんの立ち続けてきた現場なのだと強く感じた。

取材時、忠賢さんはまな板を「全部で100枚作る」と話していたが、最終的には120枚作ったと後から聞いた。その120枚のまな板は、誰かの家の台所で今日も活躍しているだろう。私もいただいたのだが、使うたびヒノキのまな板はほのかに香り、忠賢さんの姿を思い出させる。

 

「鹿の角ガチャ」も「木の香り袋」も、土佐町という現場から生まれたものだ。手にした時、そのものが経てきた現場の息遣いや、この地の循環が少しでも感じられるようなものであれたらと願っている。

たとえどこにいようとも、私たちが立っている場所は、さまざまな命が躍動する大自然や、人が息づく現場と地続きだ。そのことを忘れないでいたいと思う。いつも同じ地面の上に私たちは生きている。そのことを頭の片隅に感じられた時、人は少しだけ強くなれるような気がする。

 

 

 

【完結編①】とさちょう看板計画

木材は地元産

 

ここからは実際の製作現場です。

木材を用意してくれたのは、「土佐町ベンチプロジェクト」でもお世話になった土佐町建築組合の方々。

地元産の木材を使用し、各看板の設計図に合った木材を作ってくれました。

 

土佐町建築組合の池添篤さんと澤田明久さん

印刷はシルクスクリーン

看板の文言を印刷したのは、障がい者支援施設どんぐり(土佐町)とファースト(大豊町)の皆さん。

普段からTシャツ作りなどで培ったシルクスクリーンのウデを如何なく発揮してくれました。

 

大豊町ファーストの作業風景

土佐町のどんぐり

途中経過・乾燥中

 

 

設置は地域の大工さん

 

この計画のキモのひとつは、「設置を地域の大工さんにやってもらう」こと。

こうすることで、設置後の長い期間、地元の大工さんの目が届くものになるはずです。

先述の土佐町建築組合の池添さんから各地域の大工さんに声をかけていただき、設置をお仕事として引き受けていただくこととなりました。

 

というわけで、実際の設置作業の模様です。2月後半の場所によってはまだ雪の残る中での作業となりました。

 

峯石原の川村正光さん

 

設置してくれた森岡拓実さん(左)と地区長の近藤卓士さん(右)

上地蔵寺の森岡正広さん

西村陽夫さん(左)と地区長の中山登さん(右)

 

このように町の方々みなさんのご協力で、おかげさまでこの「とさちょう看板計画」は無事に完結しました。

計画段階から、印刷、設置段階までたくさんの方々にお世話になりました。この場をお借りしてお礼を申しあげます。ありがとうございました!

 

今回は、以下の記事の続編です。

土佐町の看板を考える

 

とさちょう看板計画

土佐町内の、住民の方々が必要としている看板を、土佐町のみんなで作れたら。

住民の方々が日常の中で感じる、「ここに看板があればみんなにわかりやすいのに」「この場所は迷う人が多いみたいだ」といった小さな問題を解決すること。

それを町の人々の手で、町が持つ資源を使って行うこと。

それがこの「とさちょう看板計画」です。

 

看板が必要な場所はどこか

地域のことは地域の方々が一番よく知っている。

ということで、地域の方々に聞きました。「看板が欲しいところありますか?」

具体的には、土佐町内の全地区長が集まる地区長会にて、地区長さんたちに向けて説明させていただきました。

地区長さんたちはご自身が住む各地区に戻り、地区の住民が集まる地区会にて住民の皆さんに説明してくれました。

そして住民の方々から出てきた「ここにこの看板があったらいいのに」という声を集めて、計画を練りました。

それが以下の4地区・7枚の看板

①② 峯石原  陣ヶ森・高峯神社

③ 森 土居農村公園 x 3

④ 上地蔵寺 上地蔵寺集会所

⑤三島 三島集会所・八坂神社

さらに、これを設計図にしたものが以下です。各看板の左下には「森林環境税」、右下には「土佐町」のロゴが入っています。

*左下のロゴは、実際には「森林環境税適用事業」と入っています。この計画が高知県の「高知県木の香るまちづくり推進事業費補助金」を使用して行われているという表記です。

 

峯石原 「⇦陣ヶ森」と「⇦高峯神社」の2種

森 「土居農村公園」x 3枚

上地蔵寺 「上地蔵寺集会所」

三島 「三島地区集会所」

三島 「三島地区八坂神社」

 

これを元に、実際の製作に入りました。その模様は次の記事に続きます。

 

大豊町商工会の皆さんから、ジャンパーの注文をいただきました。

デザインは、れいほく地域のイメージキャラクター「たなだまいちゃん」。

商工会を通して大豊町内の方からの注文もあり、その場合は「大豊町商工会」の文字を抜いて印刷しています。

 

ファーストの大尾剛さん(左)と小笠原照幸さん(右)

制作は大豊町のファースト

大豊町の注文なので、大豊町の就労継続支援B型ワークセンターファーストの皆さんに印刷をお願いしました。

この印刷作業の代金をお支払いし、それがファーストの皆さんの賃金となっています。

大豊町の人が購入することによって発生する代金が、大豊町で働く人たちの元へ戻る。そして、町内でこのジャンパーを楽しそうに着ている人の姿を見ることが、ファーストの皆さんのやりがいにもつながっている。

町の人たちの間に生まれる小さな循環を、とさちょうものがたりはとても大切に考えています。

 

写真は、胸のデザインを印刷しているところ。機械ではなく、手作業で一枚ずつ印刷しています。

一枚、一枚。毎日一つ一つの作業の積み重ねです。

シルクスクリーン事業がスタートして6年目、土佐町だけでなく周辺市町村や県外からもご注文をいただくようになりました。この場所でやってきたことが、少しずつ認知されてきているのかなと感じています。

大豊町商工会の皆さん、大豊町の皆さん、ありがとうございました!楽しんで着ていただけますように!

 

 

 

くだらな土佐弁辞典

おごろもち

 

【名詞】もぐら

例:おごろもちが、おもちを持って、春を待つ   意味:もぐらが、おもちを持って、春を待つ

 

土佐町の和田勝幸さんが教えてくれた土佐弁です。

 

土佐町の絵本「ろいろい」

もうすぐ完成予定の土佐町の絵本「ろいろい」、現在表紙と裏表紙を制作中です!

絵はもちろん絵描きの下田昌克さんの作。土佐町の道々に咲いている花が描かれています。

この色彩鮮やかな印刷に加え、後から黒インクで文字を印刷します。

デザインはリーブル出版のデザイナー傍士さん。

表紙はシルクスクリーン印刷。土佐町の就労継続支援B型事業所「どんぐり」と大豊町の「ファースト」のメンバーさんが一枚ずつ手作業で印刷しています。

上の写真は「どんぐり」の川合希保さん。とても丁寧に作業してくれています。

 

 

上は別の日の大豊町ファーストの作業の日。大尾剛さん(右)と職員の保口愛さん(左)。

 

版に赤、黄、緑、青など、選んだインクをのせて一枚ずつ印刷。各色のインクがだんだんと混ざり合って、色合いが少しずつ変わっていきます。一枚ずつ全部違う、それが面白い!手作業だからこそ生まれる味わいです。

 

インクの使い方で、同じ絵柄でこんなに違う表紙が出来上がります。

 

 

 

希保さん(左)と、作業を手伝ってくれている重光通子さん(右)。

この日は二人で200枚強の裏表紙を印刷してくれました。

 

 

たくさんの人のチカラで作る絵本

 

木の棚に並べられた表紙の数々!

 

手前はこの日最初に印刷したもの。赤、黄、黄緑のグラデーションがきれい!枚数を重ねていくうちに、インクの色が混ざり合っていくので、だんだんと茶系の色味になっています。

ちなみに、刷り上がった表紙を乾かすための棚も土佐町の大工さんに作ってもらいました。

 

土佐町の人たちの力が集まって、絵本制作が進んでいます。

完成までもう少し!楽しみにしていてくださいね!

とさちょうものづくり

ハッピ、作りました!

大豊町の「集落活動センターそばの里 立川」の皆さんから、ハッピのご注文をいただきました。

「集落活動センターそばの里 立川」は2020年から活動を開始。国の重要文化財である立川番所の下に位置する立川御殿茶屋で、立川そばや地元のお母さんの郷土料理、窯焼きピザなどを作り、お客さまをお迎えしています。

ハッピを作りたいと連絡をくれた「集落活動センターそばの里 立川」の猪野大助さん。歴史ある立川に来てくださった方たちをハッピを着てお迎えしたい!と話してくれました。

 

背中は立川番所

ハッピの背中のデザインは立川番所。大豊町の人が描いたものです。

立川番所は、江戸時代、参勤交代における土佐最後の宿所であると同時に、国境警備の要衝の一つでした。1800年頃建築された茅葺き屋根の建物で、一見の価値ありです!

 

制作は大豊町のファースト

背中は、大豊町の就労継続支援B型ワークセンター ファーストさんが印刷しました。

襟の文字は、猪野さんの奥さまが筆で書いた「集落活動センターそばの里 立川」。なんと達筆!!胸のデザイン「立川番所」も、奥様が描いています。

背中も襟も胸も手描きのデザイン。立川地区への愛情が詰まったハッピです。

ご注文いただいて、とてもうれしかったです。手作りのハッピ、楽しんで着ていただけますように!

 

 

集落活動センター そばの里 立川
○立川御殿茶屋
【営業時間】毎週日曜日10:00〜16:00
・第一・第三日曜日  大豊町の郷土料理(立川そば、こんちん、銀ブロウ寿司など)
・第二・第四日曜日  窯焼きピザ、パスタなど
・第五日曜日     気まぐれ営業
(急遽休みになる場合もありますので、お出かけの際はお問合せください)

【住所】〒789-0427 高知県長岡郡大豊町立川下名43
【電話】0887-78-0322