私の一冊

 

 

山の人、町の人。先祖代々住む人、都会から越してきた人。猟師さん、農家さん、森の人、職人さん、商店さん、公務員…。

人口4,000人弱の土佐町にはいろいろな人がいて、いろいろな人生があります。

土佐町のいろいろな人々はどんな本を読んでいるのでしょうか?もしくは読んできたのでしょうか?

みなさんの好きな本、大切な本、誰かにおすすめしたい本を、かわりばんこに紹介してもらいます!

(敬称略・だいたい平日毎日お昼ごろ更新)

私の一冊

田岡三代

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「ノーサイド・ゲーム」 池井戸潤 ダイヤモンド社

今回、日本中を沸かせた「ラグビー熱」の前哨戦として、一役かっていたのでは思わせるこの本。

テレビでもドラマ化され毎回楽しく観戦したのですが、一足早く本を買って読もうとしたら、孫に「テレビでやりゆうのに、本を買うが?」とあきれられました。

しかし、本の中でドキドキワクワクしていますので、テレビは安心して見られました。

多額の予算を使っているラグビーチームを抱えている大手自動車メーカーで、まったくラグビーを知らない主人公。

そのラグビーチームを再建しようと孤軍奮闘する主人公が、日々ラグビーの心に魅せられていく過程も見ものでした。

田岡三代

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私の一冊

矢野ゆかり

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「闇の守り人」 上橋菜穂子 偕成社

私は図書室で貸りた2冊を一晩で読みきり、守り人シリーズを進めてくれた友人に感謝を伝えにいきました。そのとき彼女は「私は闇の守り人が好き。特にバルサとヒョウルの舞う、槍舞いのところがすごい好き。想像できても言葉にできん。」確かこのように言っていたように思います。

今回の私の一冊は、「精霊の守り人」の続編、「闇の守り人」。

この巻は女用心棒として誰かを守ることで物語られるバルサが、自身の壮絶な過去と向き合う話です。

王弟の野心のため謀殺された父。親友である父の願いを受け入れ、地位も家族もすべてを捨て、自分を助け逃げ続けてくれたジグロ。追っ手として差し向けられたのは、かつてのジグロの盟友であり親友達。バルサの為に、彼らすべてを殺さなければならなかった、ジグロ。バルサは王弟に復讐するため、狂ったように短槍を振いました。ジグロは幼いバルサに槍術や体術と共に、様々な生きる術を叩き込んだのです。独りでも生きていけるように。しかし、バルサが夢みた復讐は王弟の病死であっけなく潰え、ジグロは病を得てあっという間に朽ちるように亡くなりました。それが6年前のこと、バルサが25~26歳の時です(私が前回物語に登場する歳に近づいたと表現したのは、このことからです)。彼女は過去をまざまざと思い出しながら、25年前、故郷のカンバル王国から新ヨゴ皇国へ逃げ道として使った、滝の流れ出る常闇の洞窟の前に立っていました。

「闇の守り人」は既に終わったはずの物語から、新たに始まる物語なのです。

故郷は記憶の通り貧しくとも、澄んだ空気に高い空に白く光る山々でとても美しい国でした。しかし、今だに続く陰謀が国を未曾有の危機にさらしていたのです。バルサも否応なく巻き込まれていきます。バルサは思います。どうして己はフクロウに追われるネズミのように、逃げ続けているのだろう。いっそ、この怒りの先に何があるか突き抜けてみよう。と。

バルサは、踏みにじられた父や己や養父ジグロの人生、人を殺す道を歩まざるを得なかった苦しみや痛み。復讐の相手はおらずとも、くすぶり続ける怒りと憎しみ。武人として戦わずにいられない暗い疼きと凶暴性。ジグロへの負い目や後悔。すべてに向き合い、怒りの向こう側へ向けて、答えを槍舞いに込めます。

私は「闇の守り人」に妙に引っ掛かりを覚えていました。読んでいると時々心がじくじくするのです。ジグロは王家の武術指南役で氏族長の次男であり、幼くして槍術の神童と呼ばれ誉高い人間でした。ですが、バルサを助けるために全てを捨てました。後悔がないとは言えないはずです。刺客たちは、かつての親友なのです。親友達の命を絶つ度に慟哭し身を割くような痛みを感じていたジグロ。一瞬でも、バルサさえいなければと、思わなかったはずがありません。著者はそのような場面を躊躇なく描きます。描写します。読者に想像させます。

私はこれを現実に置き換えてしまうことが度々あります。実の親子でもこの子さえ居なければ…“と思う一瞬が、誰にでもあるのではないかと思うのです。私は親ではないので、親の立場では分かりません。ただ慄くだけです。子としては、この子さえ居なければと親に思われる事があったのではないか、それだけの事を私はしたはずだといつも確信していました。私なんて、いない方がいい。この家族は4人家族でいいと、勝手に思ってしまうのです。この思考回路は、明らかに持病の一因です。

著者は、槍舞いで、体の動きや音や色を的確に描写し、二人の感情の全てを映し出しています。惜し気なくさらけだし、躊躇なくぶつかり合わせている。そうして、バルサはジグロの心を救い清め、シグロはバルサの心を慰め癒していく。舞い終わった後には新たな絆が結いなおされています。そういえば、この場面を最近私は体験したように思います。あれは多分、私と両親の槍舞いでした。私がこの世から居なくなりたいと思って行動した時、思っていたことを伝えた時、そうじゃない、ゆかりは大丈夫だと、大事だから必要だからと、両親に鼓舞されました。私は両親の言葉を信じました。なにかが結い直されたんんだと感じました。

今となっては、私の感じる「闇の守り人」に対する妙なじくじくした気持ちは、この感情をぶつけ合いへの羨ましさだったのかもしれません。今は守り人シリーズの中でも特別な1冊のひとつです。槍舞いは作中にある通り、ヒョウルを弔い、清める儀式。自分の中にあるどうにもならない気持ちを、どこかにぶつけて弔って清めてまた新しく、そんなイメージが持てるこの本は、私のような()ちょっと病んだ人や、悩める大人にオススメです。もちろん、小学生の時に出会っておくのも間違いありません。友達に「この本すっごくいいよ!」と自慢できるのですから。

それではこの辺で。

~ちょっと続き~

私に守り人シリーズを勧めてくれた大恩あるその友人は保育園、小中学校、高校、大学(学部は違えど)ほぼ一緒の腐れ縁です。彼女は今、白衣の天使もとい、白衣の阿修羅として日夜働いています(彼女を怒らせたくはありません!)。またしばらくしたら飲みに誘う予定です。近状報告と、守り人シリーズの話でもしながら。

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私の一冊

川村房子

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「女のいない男たち」 村上春樹 文藝春秋

題名にひかれ短篇集だという事もあって手に取った。世界の村上春樹といわれノーベル候補者。落選すると泪するファンもいるというほどの作家だから、とついつい読んでみる。

「ドライブマイカー」「イエスタディ」「独立器官」「シェラザード」「木野」「女のいない男たち」と6編で組まれている。

いろんな事情で女性に去られてしまった男たち、あるいは去られようとしている男たち。男と女の話であっても違う。哲学のなんたるかなど全くわかってないが、なんだか哲学的だと思ってしまう。

川村房子

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私の一冊

鳥山百合子

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「とさの笑」 梅原デザイン事務所制作 高知県文化生活部・国際課

高知の人、食、笑、技…。高知ならではのそれぞれが詳しく書かれている「とさのかぜ」の本です。こちらはその中の一冊「とさの笑」。

高知の道ぞいにある良心市やよさこい祭の花メダル、桂浜の五色の石、沈下橋、ミレービスケット。高知ならではの文化を「勝手に重要文化財認定」して紹介しています。高知に来たら必ず耳にしたり、手にするものごとについて、それはそれは詳しく調べられているのでとても面白い。

中にはサバの姿寿司もあります。
「頭や尾の部分が残るが、それは翌日、焼いて食べるのが楽しみ。酢が戻り、サバの焼き汁がしゃりに染み込んで、これがまたすごくうまい!」。土佐町で40年以上さば寿司を作り続けて来た長野さんもそう言ってた!とうれしくなりました。

この本は高知に来てから手にしたのですが、私の本棚のいつも「いい場所」に並んでいます。無意識でしたがそれはなぜなのか?先ほどはっと気が付きました。
この本の作り手の愛情が伝わって来るからだ、と。高知という土地が培って来た文化、その文化をつくり引き継いで来た人たちへの尊敬の念。それを伝えたいと思った作り手の方たちの熱が伝わってくるのです。「熱」と「真摯な姿勢」がここにあります。そして作り手がこの本を作ることを楽しんでいるだろうことも伝わってきます。

背筋がピンと伸びるようなこの一冊。私はこれから何度もこの本のページを開くと思います。

鳥山百合子

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私の一冊

田岡三代

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「むらさきのスカートの女」 今村夏子 朝日新聞出版

近所に住む「むらさきのスカートの女」が、気になって仕方のない(わたし)は、彼女と「ともだち」になるために、自分と同じ職場で働きだすよう誘導し、その生活を観察し続ける。

と、本の帯に書かれている芥川賞受賞作のこの本。読み進めても、読み進めても、不可解。

この「むらさきのスカートの女」は、結局、(わたし)自身だったのか?

いまだわかりません。

難解な本でした。

田岡三代

 

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私の一冊

石川拓也

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「本の未来を探す旅   台北」 内沼晋太郎綾女欣伸 編著 朝日出版社

夏の終わり頃に台北に行ってきました。

台湾の人は親日でフレンドリー、ご飯がおいしい、夜市が楽しい、などなどいろいろ事前に耳にしていた事柄が、まさにその通り!な旅になりました。

もうひとつ楽しかったのは、独立経営の小さな本屋さんが数多くあって、しかもそのどれもが独特な生き生きとしたエネルギーを放っていたこと。

そのことを台湾の親戚に話したところ、これ持ってってと手渡されたのがこの本です。

日本語の本なのですが、まさか台湾の人にもらうとは。。。

内容はそういった独立系書店の現在を紹介しながら、タイトル通り「本の未来を探す旅」。

本屋さんを紹介しているので「本の未来」ですが、これはそのまま「文化」や「アイデンティティ」に置き換えてもよさそうです。なぜなら、本というのは文化そのものでもあり、本屋さんは本の売り場という役割はもちろんのこと、文化の発信地としての役割も(特にこれからの本屋さんの在り方としては)担っているのですから。

おもしろい本屋さんがたくさん登場してきますが全部を紹介するわけにもいかないので、2枚目の写真に撮った「田園城市」だけ書きます。

ここは書店であり編集プロダクションであり、出版社でもあってギャラリーでもあるという会社です。「最初から最後まで自分たちでやる」というこの姿勢には直感的に正しさと美しさを感じます。もちろん口で言うほど簡単にできることではないということもわかりつつですが。

近いのは、農家さんが生産者であり、加工もやって販売もしてレストランもやる、というようなスタンスでしょうか。

食と違い、文化に関しては地産地消に似た価値観はあまり聞きませんが、でも実は自分たちの文化を自分たちで作る、その出発点から最終ゴールまでを自分たちで全て(もしくはできる限り)賄うという姿勢はとても大切な気がしています。

仕事のひとつひとつが細分化専門化して全体が見えずらくなっているこの時代では特に、この田園城市のスタンスは光を放つのではないでしょうか。

台湾に滞在中に感じる自由さ肩の軽さというのは、もしかしたらこういう「やりたかったらやってしまえ」とでも言うような人々の姿勢に理由があるのかもしれません。

 

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私の一冊

川村房子

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「自閉症のうた」 東田直樹 角川書店

自閉症である彼が書いた本を英訳したイギリス人作家との交流、メールのやりとりがQ&Aの形式で書かれている。

作家自身も自閉症の子どもを育てているので質問も具体的。他に「自閉症のうた」「旅」の二編が掲載されている。

作者は言葉としてしゃべる事ができないし、自分で文字にする事もできない。12歳から24歳の現在まで20冊以上の本を出版しているが、それは文字盤ポインティングやパソコンを使って表現しているとのこと。内に秘めているものは大きい。

この本を読んで、自閉症のの人たちと交流のある私は参考になった。

是非読んで欲しい一冊です。

川村房子

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私の一冊

田岡三代

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「そして、バトンは渡された」 瀬尾まいこ 文藝春秋

今まで、自分より年上の作家の方が書いた本を読む傾向にありましたが、好きな作家の方々も、ご高齢になり、中にはお亡くなりになった方もいて、これからは、最前線で書かれている方の本も読んでみようと手に取った本です。

主人公の十七歳の女の子には、父親が三人、母親が二人。

そのたびに名字が変わる。

数奇な運命と考えがちですが、いつも回りから愛され、淡々とその流れの中で生きていく。

境遇を受け入れる力と、人間の持つ温かさを信じた視点にほっとしました。

田岡三代

 

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私の一冊

矢野ゆかり

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「精霊の守り人」 上橋菜穂子 偕成社

初めまして。名字でお気づきの方がいらっしゃいましたら、さすが土佐町、田舎のネットワークの凄さでしょうか。私の母は私がとても小さな頃から物語を語り読ませてくれました。母の1冊は私の1冊でもあります。

『まゆとおに』『14ひきのかぼちゃ』次は私が、誰かに物語るのでしょう。

さて、私の1冊目は私の運命を変えた本。この本がなかったら、私はわたしではなかったという本。『精霊の守り人』。この本はアニメ化や漫画化、NHKで実写ドラマ化もされ、知る方も多いのではないでしょうか。『守り人シリーズ』として外伝も含め10冊以上の物語でもあります。

私がこの本に出会ったのは忘れもしない、4年生の晩秋の放課後でした。今は廃校になった森小学校の図書室。昼休みに友人から勧められ、この本を手に取りました。ちょっと様子を見るつもりで、面白くなかったら返そうと思いながら、西日にページをあてました。ランドセルも背負ったままで。そして気がつくと見回りの教頭先生が、肩を叩いていました。周りは真っ暗で日が暮れていました。急いでその本と続編を借りて、家の勉強机で必死にページをめくっていました。

『精霊の守り人』は児童書ですが、主人公の凄腕女用心棒バルサのシンプルな強さ。タンダの包容力。トロガイ師の深い知性。チャグムの成長。登場する人物全てを引き立てる世界観。今まで読んだどんなファンタジーとも違うと感じました。作者がどのような人か、知りたいと思ったのもこの本が最初でした。著者は、民俗学研究をしておりアボリジニについて研究していました。しかし、彼女はアボリジニの文化に敬意を払い、決して自分の著作に流用はしないそうです。私はゼロから物語を作り出した著者のように、既成の価値観にとらわれないように、自分で自分の考えを持とうと思うようになりました。そしてバルサのような強くてカッコイイ女性になりたいと強く憧れました。中学校から大学まで剣道を続けたのも、バルサのような女性になりたいというのがあったからです。大学選びの時にも、民俗学に触れてみたい、世界を包む文化を学びたいという理由から、文化学部を志望し、志望動機にこの本の事を書きました。

『精霊の守り人』との出会いから10年以上経ちますが、今まで何度も読み返しました。読む度に理解が深くなり、新たな解釈が出来るようになっていきました。ジェンダーについて、差別について。宗教観についてetc. その度に私は初心に帰り、自分の視野の狭さを知ります。そしてバルサに憧れて始めた剣道でも、大学時代になぜ剣の道なのか改めて考えるようになりました。物語の中でバルサはひとかどの武人として、その界隈でも有名な人物として描かれています。しかし用心棒として人を守るために殺し恨まれ、命を天秤にかけ、その行為に深く傷つき、それでも戦いたいという内に眠る凶暴性が彼女を苦しめます。この衝動や暴力的な気持ちは、実際に剣道をしていても感じる時があります。つまり、体の強さや技術に伴って強くなる勝ちたいという衝動性や勝つためなら手段を選ばないという凶暴性を抑えるからこそ、道になるのではないかという理解にたどり着きました。更にバルサの深い苦しみと業を、ここまでリアルに描くことの出来る著者の見識と、観察眼は滅多なもので手に入るものでは無いと思いました。

さて話はかわりますが、今私はバルサのような女性になれたのかと、いつも考えています。なぜなら、もう少しでバルサが物語に登場する年齢になるからです。どう転んでも、バルサのようになれていない。私は心を患ってしまったし、他に持病も持っている。剣道も弱い。でも今まで、自分はベストを尽くした選択の末にここにいる、という気持ちは強くあります。バルサも小学生の頃憧れた、清く正しい正義のヒーローではありませんでしたし、等身大の同じ女性でした(ただし、とんでもなくカッコよくて強くて思い切りがいい)

何度も読んで、私も大人になって、それがわかって本当に良かったと思います。私はまだまだ頑張れる。バルサのような強くてカッコイイ女性になれると思えます。そしてまた私は何かのきっかけで『精霊の守り人』を手に取るのでしょう。あの、西日の当たる図書室でワクワクした気持ちを思い出すために。

矢野ゆかり

 

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私の一冊

鳥山百合子

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「エルマーと16ぴきのりゅう」 ルース・スタイルス・ガネット 著, ルース・クリスマン・ガネット絵 福音館書店

エルマーとりゅうの最後のお話。

自分のふるさとである「そらいろこうげん」に帰ったりゅうは、自分の両親や兄弟たちが洞窟に追い込まれ、人間たちに捕まりそうになっていることを知ります。

自分だけの力では助けられないと悟ったりゅうは、助けを求めにエルマーの元へと急ぎます。

りゅうの話を聞いたエルマーがリュックサックに詰めたのは、

・ふえ・ラッパ・運動会に使うピストルと弾・丈夫なひも・板チョコ6枚・ほしいちじく6箱・お金。

エルマーのこの持ち物!なんだかワクワクしませんか?

りゅうの家族に会えた時、エルマーがその時持っていた板チョコを全部、人数分に割ってみんなに食べさせてあげる場面がとても好きでした。

チョコレートを食べながらエルマーの考えた脱出計画を聞くりゅうたち。

「りゅうたちは、それをきいて、ふぐふぐと、りゅうわらいをしました。それでだいぶげんきがでてきました。」

うん、きっと、もう大丈夫、と思えたことを思い出します。

エルマーのお話は世界中で読まれていますが、国や言語、年齢を超えて共有できることがきっとある。

そう思えるお話は本当に素晴らしいなと思います。

鳥山百合子

鳥山百合子

鳥山百合子

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