「よろこびの種を 南正文画集」 南正文 万葉舎
「しないとできないは違う」
僕の父がよく言っていた言葉でした。新しい事を挑戦するときは不安や出来る事の保証が無い事に時間を費やすかもしれない言う思いから物事を始める前に
「無理、出来ない」
と、口走りがちでした。しかしそれこそが何も生み出さない自分への楽な逃げ言葉だなと父の言葉から気付かされました。
僕の父である「南 正文」は小学3年生の時に父親の製材所での事故で両腕を失いました。その時代は救急車もなく仕事用のトラックで病院に運ばれました。何とか息子を助けて欲しい言う祖父母の願いに医師は
「命は助かっても両腕無しでは生きていく事さえも・・・」
このまま処置しないほうが良いと提案を出されました。しかし祖父は
「命だけはどうか助けてください!!」
と土下座をして悲願したそうです。
一年後何とか一命を取り留めた父は自宅に戻りました。トイレもご飯も着替えも自分一人では出来ない。今まで普通に出来た事が何一つ出来ない現状を突き付けられました。
何にも出来ない、生きていても仕方ない、生きていくのが辛い・・・
そんな事を思う日々が続きました。
しかしそんな父に転機が訪れます。中学2年生の14歳の時に京都山科にある仏光院にいる尼僧「大石順教尼」に出会った事です。大石順教尼も父と同じく両腕が無く、幼い頃自分の父親に両腕を日本刀で切り落とされた過去がありました。
一緒の境遇で育った人に初めて会ったせいか父の口から出るのは弱気な言葉ばかりでした。
「あれもこれも出来ない、僕は何も出来ない」
そんな父の言葉に大石順教尼は静かに言いました。
「私の弟子になりなさい。ただしそれには条件がある。一人でここまで通いなさい。口で絵を描きなさい。それが守れるなら弟子にする。」
その当時大阪の堺から仏光院までは約3時間。電車バスを5回も乗り換えなければなりませんでした。もちろん切符を買うには他の人に頼まなければならなかったのです。見知らぬ人に勇気を振り絞って声をかけると両腕がない父を見て、気持ち悪がって逃げる人、怒鳴る人、優しく切符を買ってくれる人、次の乗り換え場所までついてきてくれる人や色んな人に出会いました。
「世の中には色々な人がいる。切符を買ってくれた人も買ってくれなかった人も自分にとってみんな先生なんだよ。」
と、大石順教尼は教えてくれました。
「禍福一如」(かふくいちにょ)
大石順教尼は折に触れてその事を教えてくれました。
「両腕がないから不幸なんじゃない。考え方一つで幸せにも不幸にもなるんだよ」
父は生涯この「禍福一如」を心に持っていました。何か嫌なことがあっても
「こうやって勉強させてもらってる」
と、笑顔で言い人に酷いことを言われても嫌な目にあっても
「こういう事は人にしてはいけないとこうして嫌な役をして僕たちに教えてくれている」
そう家族によく言っていました。
本当に父は腕がないと言う事に負い目や悔しさを感じさせず愚痴をこぼすのを聞いたことがありませんでした。実際その生き方が素直に出ているせいか本当に両腕が無いと感じさせない人でした。僕自身も一度重い荷物を持っている時に父に
「ごめん、ちょっと手を貸して」
と言ったことがあり父は
「ごめん、手は無い」
と笑いながら返されたことがありました。
僕自身両腕がない人生と言うのは考えられず何故父がそう言う風に考え生きていけるのかが不思議で仕方ありませんでした。しかし父はいつでも毅然と
「僕は両腕がない障がい者だけど、心の障がい者にはなりたくない」
と、言っていました。そんな父だからこそ色々な職種、性別、国籍の方が父を慕って会いに来てくれたような気がします。人に対して常に優しくあった父の生きてきた姿勢は一枚一枚の絵に溢れています。その生き方の軌跡とも言える絵をこれからも沢山の方に見て頂ける事が私達家族の今後の役割だと思います。決して楽な道のりではではないと感じていますがその時はいつでも父の言葉
「しないとできないは違う」
を思い出し活動していきます。皆様に父の作品をご紹介できた時、その作品で心の中に何かを感じ取って頂ければ幸いです。
南一人
大阪府枚方市出身 高校卒業後単身オーストリアへ。その後、料理を学ぶ為渡英。帰国後はサービスの勉強の為ホテルで婚礼サービスの仕事に従事。レストランやカフェでの仕事を日本各地で行なっていたが父の勧めもあり帰阪。どうせならと飲食の世界から離れサラリーマンに。 父の死後、自分の生き方に疑問を感じサラリーマンを辞め仏門へ。その後、長年の友人の手伝いの為に高知県に。短期滞在の予定だったが色々な縁が繋がり嶺北に定住。料理人の道に戻り地元食材を使ったラーメンやお土産を開発したりを行なっている。
永野ひろこ
以前にも
このお話は
きいてしっておりましたが
本当に 素晴らしい魂で
この世に 生まれてこられて
頭が さがります
私も さらに 日々
与えていただいた しあわせに
心から 感謝して
寿命まで 生ささせていただきます
とさちょうものがたり
永野さま
コメントありがとうございます。
南正文さんの言葉は、心の深いところに届いてくるような気持ちがします。
この記事を書いてくれた、正文さんの息子さんである南一人さんにもお伝えしておきますね。
ありがとうございます。
南一人
南正文の息子です。わざわざコメントありがとうございます。
そう言って頂けると父も喜ぶと思います。また展覧会がありましたら是非足を運んでみて下さい。