
土佐町栗木地区に近藤潔さん(98歳)という方がいます。潔さんは書くことがとても好きな方で、今まで、高知新聞の「あけぼの」というコーナーに何度も投稿されてきました。とさちょうものがたりでは、「95年間のキヨ婆さんの思い出」と題し、土佐町で過ごした思い出を綴ってくれます。
(2025年9月29日追記:潔さんは現在99歳。この連載を開始したのが95歳の時だったので、題名はそのままとしています。)
夏休みのこと
毎年8月1日から31日まで休みでした。
宿題は「こかげ」といって、全学年に出ていました。一日1ページだったのでしたが、私は一度に済ませて、その分は弟の子守りとかしていました。
暑いので大人の仕事もなく、子守りもしなかったので、お天気の良い日は川遊びに夢中でした。
時々父が川魚を取りに行く時は籠持ちでした。一日中川遊びをすると、夕方は疲れて、夜はぐっすりでした。
宿題を済ませていたので、また明日も川へ行こうとぐっすり眠ったのでした。
この記事を書いた人
大正15年9月27日、土佐郡森村相川麦山生まれ。3歳上の兄、3歳下の妹、赤ん坊の弟がいた。父の生家は米作りの農家だったが、どういう訳か分家して「石屋さん」をしていた。お米のご飯は食べられず、年中麦ご飯で育ち、小学4年の時、高知市に移住。10年後、あの空襲で被災。不治の病で入院中の母共家族7人、着の身着のまま故郷土佐町の山奥の生活。故郷の皆さまの温かいお情けに助けられ、幼い妹の母代わり、病母の看病。3年後、気がついたら母と妹は天国へ。悲しみの中でも生まれ育った故郷に住んでいることが何よりもの心の支えになり95歳。天国の肉親との思い出に涙することも供養になろうかと、まだまだ元気でガンバローと思っています。
絵を描いた人
武蔵野美術大学日本画学科卒。
嶺北地域の美しい景色と昔ながらの営みが続く人々の暮らしぶりに魅せられて2012年より土佐町へ夫と娘とともに移り住みました。
絵の中に住んでいるような毎日に幸せを感じて暮らしています。