2020年5月

 

 

山の人、町の人。先祖代々住む人、都会から越してきた人。猟師さん、農家さん、森の人、職人さん、商店さん、公務員…。

人口4,000人弱の土佐町にはいろいろな人がいて、いろいろな人生があります。

土佐町のいろいろな人々はどんな本を読んでいるのでしょうか?もしくは読んできたのでしょうか?

みなさんの好きな本、大切な本、誰かにおすすめしたい本を、かわりばんこに紹介してもらいます!

(敬称略・だいたい平日毎日お昼ごろ更新)

私の一冊

西野内小代

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「きいろいゾウ」 西加奈子 小学館

10年程前に頂き、絵本のようなタイトルが気になりつつも読まずにそのまま…。この本の舞台とよく似た環境の土佐町で生活する今、内容がほどよく心に浸透してきます。

主人公は田舎に移住してきた若夫婦の二人です。まったりとした日常を描いていますが、妻側からの視点と毎日寝る前に部屋にこもり日記を書いている夫側の視点、同じ事象を二人各々の観点で描かれています。妻は少し精神不安定、夫は背中に彫り物があるけれども、反社会的勢力の人ではなくごくごく穏やかな精神の小説家。きいろいゾウは妻の不安度が増した時、要所要所に登場します。大人びた不登校の児童、これは分別・理性を具象化した存在だと推察します。

一波乱あり、夫の彫り物の謎も解け、やはり普通のちょっとした日常の安らぎのなかに安定した幸せ・普遍的な愛情が存在するのだと導かれます。

西野内小代

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時は遡り、2009年(平成21年)のこと。
土佐町の6つの小学校が一つに統合され、新しく「土佐町小学校」が誕生しました。その際に新しく建てられたのは、地元・嶺北の木を使った木造校舎。学校の中は木の香りで満ちています。

「嶺北」とは、高知県の土佐町・本山町・大豊町・大川村の三町一村を表す地域の名称。山に囲まれた嶺北地域の各町村にとって林業は主要な産業の一つであり、地元の木を使おうという動きも盛んです。ちなみに、土佐町役場庁舎にも嶺北の木がふんだんに使われています。

 

▪️1年生への贈りもの

毎年4月、土佐町小学校へ入学する1年生一人ひとりに、町からプレゼントが贈られます。

それは、土佐町の職人さんが作った机と椅子!
もちろん嶺北の木でできています。

木で作られた自分の机と椅子を前にした1年生は、本当に嬉しそうで誇らしげ。入学時にピカピカだった机と椅子は、6年間の子どもの成長と共に傷がついたり汚れたり、時には落書きされたりして、風格を漂わせるようになります。まさに、子どもたちの6年間を共にする相棒なのです。

 

 ▪️きっかけは林業の低迷から

一年生の子どもたちへ机と椅子を贈る取り組みは、2003年(平成15年)頃から始まりました。その頃、高知県は林業の低迷期。当時土佐町長だった西村卓士さんは、木材を少しでも有効活用できる方法はないかと考えていたそうです。

「土佐町の建具職人だった澤田秋良さんから、“学校の机と椅子を嶺北の木で作ったらどうか?”という提案があった。子どもたちに木のぬくもりを味わってもらいたいと思っていたので、それはとても良いことだと思った。秋良さんがいたから、この机と椅子が実現したんじゃ」

澤田さんは、子どもたちが6年間使い続けることができるよう、高さを変えられる机と椅子を設計しました。

 

「机と椅子には、6年間の子どもの気持ちが染み込んぢゅうきねえ。記念にもなるように、自分が使った机と椅子を持ち帰ることができるようにしたんじゃ」

西村さんは、当時のことを懐かしそうに話してくれました。

 

お孫さんの机と椅子に座る西村卓士さん

西村さんのお孫さんも机と椅子を持ち帰り、今でも大切にしています。

土佐町の職人さんが地元・嶺北の木で作った机と椅子を、町の子どもたちが使う。これは、林業を生業としてきた土佐町ならではの取り組みです。(この取り組みには、現在、高知県の「木の香るまちづくり推進事業」の補助金が使われています。)

 

▪️土佐町の職人さんが作る

この机と椅子の生みの親である澤田秋良さんが亡くなった後、土佐町の田井木工が製作を引き継ぎ、現在は建具職人である山中晴介さん(山中製作所)が机と椅子を製作しています。山中晴介さんは「土佐町ベンチプロジェクト」でベンチを作ってくれた職人さんです。

3月のある日、山中さんの作業場へ伺いました。

この日、机の高さを調節する板がスムーズに動くかどうか調整をしていました。

 

高さを調節する板が、固定した2枚の板の間をスムーズに動くかどうか確かめる

机の高さを調節する板は、2枚の板の間に「できる限りかっちり綺麗に入るのがいい」そうですが、板を動かすには隙間も必要です。でもその隙間がありすぎても板がグラグラと動いてしまう。使う人が動かしやすいように微調整を繰り返します。

 

ちょうどよく“かっちり”はまった3枚の板

「微妙なほぞの効かし塩梅が木工の一番難しいところやき。なかなか面倒いところなが」
山中さんはそう言いますが、妥協は一切ありません。

 

その隣では、木工の仕事をしている三瓶駿さんが、机の脚をカンナで削って面取りをしていました。そして、ヤスリを巻いた小さな木片で机の脚の角をひとつずつを丁寧に削ります。子どもたちが安心して使うことができるよう、細部にも配慮が行き届いています。

 

▪️こだわりは「柾目」

「外から見える部分には、柾目を使っている」と山中さんは教えてくれました。

柾目は、丸太の中心に向かって直角に挽いた時に現れる木目のこと。反りや収縮などの狂いが少なく、見た目もきれいであることが特徴です。

椅子の高さを調節する部分には4つの板が並んでいます。それぞれの板の穴の高さを揃えて一本のボルトを通し、両端をナットで締めることで高さを調節するのです。ナットは、子どもに当たっても引っかからないように先が丸いタイプのものを使っています。

こういった一見気づきにくい部分は、製作する人の考えが表れるところでもあります。この机と椅子のあちこちには、職人・山中さんの思いが込められています。

「気づいてくれちゅうかは知らんけどね」

山中さんはぼそっとそう言って、笑うのでした。

 

▪️土佐町ならではの贈り物

この後、机と椅子はさらに組み立てられ、塗装されます。

塗装屋さんが一台ずつ仕上げる

 

塗装を待つ椅子たち

塗装が終わった机と椅子は、3月末に土佐町小学校へ届けられました。入学式の日、今年の一年生も自分の机と椅子を目の前にして、胸を踊らせたことでしょう。

 

土佐町小学校の子どもたちが使う机と椅子は、土佐町の職人さんによって作られています。

この町が山の資源に恵まれ、作る職人さんがいるからこそできることです。その小さな循環を成立させることは実はとても難しい。それができる環境は今の世の中でとても貴重です

土佐町で育った子どもたちが大人になった時、日々そばにあった木の机と椅子を懐かしく思い出すことがあるでしょう。

その贈り物の向こうには、この町や子どもたちを大切に思う人たちの存在があったのです。

 

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私の一冊

川村房子

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「幸福な生活」 百田尚樹 祥伝社

久しぶりにこの作者の本を読みました。

発売されると待ちかねるように読んでいましたが、メディアに顔を出すようになってちょっと敬遠。でもやっぱりおもしろい。

表面上は幸福な生活に見えても、それにはほど遠いドキッとするおちでちょっと怖い。

18の短編からできています。

「おとなしい妻」では、早苗はものすごく気の弱い女で、美人ではないけれど童顔で笑うと愛嬌のある、そんな妻を愛していた。頬をはらした男がどなりこんできたが、妻はしらないとうつむいて首を横にふるが、モニターをみると歴然。精神科での診察を受けた後、夫は医師と話していると、待合室から男の怒鳴り声。

看護師がなだめても「やかましい、ぶっ殺すぞ」

「やっかいな患者さんですね」夫が言うと、医師は少し困った顔で言った。

「貴方の奥さんですよ」

ないようであるような怖い話の連続です。

川村房子

 

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4001プロジェクト

保口愛・大尾剛・西山博子 (ファースト)

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先日、どんぐりのシルクスクリーン・チームをご紹介しました。

今日は大豊町から来てくれている。大豊町の障がい者支援施設「ファースト」のチームです。(正式名称は「就労継続支援B型ワークセンター ファースト

左から、保口愛さん・大尾剛くん・西山博子さん。保口さんが職員の方で、大尾くん西山さんがメンバーさんです。

毎週2、3回、午前中の数時間をとさちょうものがたりの作業場にて一生懸命ものづくりに取り組んでいただいている「チーム・ファースト」なのです。

 

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私の一冊

矢野ゆかり

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「風の谷のナウシカ」 宮崎駿 徳間書店

ご無沙汰しております、皆様お久しゅうございます。私の1冊のレアキャラ、沈黙のゆかりでございます。

COVID-19も第1波をなんとか落ち着き、薫風を背に梅雨前の湿気を肌に楽しむ日々です。ナウシカの世界でも、火の7日間の前も後も、過ぎさる季節をそれぞれの形で味わっていたのではないでしょうか。

COVID-19の緊急事態宣言により、都会ではテレワークや休業で休みとなり、普段家族と過ごす時間の少ない人も多くの時間を在宅で過ごさざるを得なくなりました。まさかまさかそれによって、DVや虐待が増加し、ネットでの誹謗中傷の件数も増えるとは、考えつきもしませんでしたが。先日はネットでの誹謗中傷により、女子プロレスラーの方が自殺に追い込まれてしまいました。心よりお悔やみ申し上げるとともに、ネットで何かを発信する1人の人間として改めて責任を感じることとなりました。

土佐町ではその頃、ほとんどいつもと変わらない暮らしがおくられていました。もちろん、保健・衛生 ・医療・接客に関わる方々等は細心の注意を払っていらっしゃいました。小中学校、高校も休校でした。私達も不要不急の外出は控え、常にマスクを着用し、手洗い・うがいと消毒を欠かしませんでした。でも普段と同じく朝を迎え迎え夜は寝る。野も山も春。山菜を取り、農床をし稲の芽は出て、田には水がはられ、田植えをする。各家庭の畑や庭に手入れをし花が咲き乱れ、八十八夜のお茶を摘む。今日は私の部屋から蛍が飛んでいるのが見えました。私はCOVID-19が、初めからそこにいたような錯覚に囚われました。確かに病というものは幾千幾万とあり、その中に人間が罹ってしまうものがある。とすると、共存していくしかないじゃないかと思うのです。そして何よりも恐ろしいのは、COVID-19といった病でなく、人そのものだと気づいた時、ナウシカの中に似たシーンがあったことを思い出したことでした。まだそのシーンは先なのですが(笑)。

さて、前回のつづきから、3巻の真ん中あたりのお話からです。ユパ、アスベル、ケチャが乗った船が墜落した場所を土鬼の戦艦が発見し、蟲使いに生死を確かめさせています。そこに現れたのは"森の人"。蟲使いにとって森の人は尊び敬う貴人のです。土鬼の上官の命令を無視して退散してしまいました。そして、ユパ、アスベル、ケチャは森の人に保護され、彼らの生活に腐海のことを知っていきます。

一方ナウシカは、トルメキア軍最南端拠点土鬼サパタ土侯国の都城の、原隊に合流します。戦場の様子は圧倒的にトルメキアが不利、進路も退路も絶たれ、籠城を余儀なくされている状態でした。この拠点に配属された兵は、元々クシャナ子飼いの最速の機動力を誇る精鋭騎兵たちです。父王と兄皇子の謀略によって、己のことしか見えていない将軍の元に配属され、最前線のこの都城の守りを任されたのでした。守りより攻めることに重点を置かれた彼らにとって、それは暗にそこで死ねという露骨な厄介祓いでした。そこにクシャナが合流したことで、彼らの目には生気が戻りクシャナ自身もまず目標への1歩を踏み出せたようで瞳に強さが漲ります。

一方ナウシカは捕虜にされたサパタの人々を目にします。トルメキア兵は、捕虜を本国で売り、奴隷として労働力にすると言います。そこにはどんな正義もなく、ナウシカはクシャナにサパタの捕虜を解放するよう直訴します。クシャナは解放する旨の書類になんの躊躇いもなくサインしますが、『手を汚すまいとするお前の言いなりになるのは不愉快だ 戦友としての忠告ならきかぬでもない』と言い放ちます。私ここで(さすがクシャナ殿下!!)と感動してしまいます。サパタの人々を捕虜にしたのはクシャナの部下たちです。そこにどんな正義があろうともなかろうとも、何かしらの代償をはらわなければ、今まで戦った部下たちに申し訳がたちません。クシャナ自身が部下2000人の命以外に興味が無くとも、戦友の忠告という大義名分が必要だったわけです。しかしながら、ナウシカの類まれなる戦闘力や不思議な力を知るクシャナが、サパタ攻略にナウシカを出陣させないはずはないので、冷酷無慈悲な"白い魔女"の異名は伊達ではないなと感心しきりです。

さて、戦闘シーンは割愛します。理由は簡単。私ごときの文章力で説明するとめちゃくちゃダサいからです。無粋です。

ただナウシカは、ここで正気のまま人を殺し(以前は怒りで我を忘れていました)、今まで共に居たカイを失い、深く傷つき心に晴れることのない影を抱くこととなります。そして4巻の冒頭で、ナウシカは深い悲しみに溺れてしまう前に、テトと共にメーヴェで舞い上がりました。ナウシカは人の醜さを自身の罪深さを知ってなお、まだ先を見すえて命と向き合って進んでいきます。王蟲の言う南の森の謎と大海嘯を鎮めるために。この先で多くの命が失われることがないように。自分の心の奥底に影を抱きつつも、前に前に飛んでいきます。

ではこの辺で、筆を置きます。また次でお会いしましょう。

何時になるかは悪しからずお待ちくださいませ(笑)

最後に

COVID-19と戦う様々な分野の方々に深い感謝を。失われた命にどうぞ安らぎを。

  

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笹のいえ

代かき

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新緑と青空のコントラストが気持ちいい時期となった。

ここ最近は、田んぼで代かきをしてる。

農家さんにもよるが、一般的には二三回代かきをして田面を整え、田植えの準備をする。水を入れて耕すことで、水持ちを良くし、空気を含ませて、稲の成長を促すの意味がある。

今年は、代かきのあとに三寸ほどの角材をロープで耕運機に結び、引っ張ることにした。田んぼをあちこちへと移動しながら、なるべく平らに均す。

高低差が少ないと、適量の水を田んぼ全体に行き渡らせることができる。山から引いた冷たい水が太陽熱で温まる。均一の深さなら水温も一律、苗全体もまんべんなく育ってくれるはずだ。一方、田んぼが凸凹していると、水を入れたときに、こっちの苗は水没しちゃったけど、あっちは土が露出してるという状態になる。深く水没した苗は腐ってしまうし、水が無いところは雑草が生えてしまう。余計に水を入れることで、水温が下がり、雨が少ない年は管理が難しくなる。田んぼが平らということは、大事なことなのだ。

 

耕運機や角材に押されて水面に波が立つ。紋は放射線状に広がり、田んぼの端まで届く。その様子で、土がうまく均されたかある程度分かる。

一定の深さで起こる波は、同じ大きさとスピードで広がっていく。その動きを見て、僕はいつも海の波を思い出す。

小笠原に住んでいたとき「波は水が動いているのではなく、エネルギーの塊が海中を移動しているのだ」と教わった。風や潮の力によって発生したうねりは、大きくなったり分かれたりして、長い長い間旅を続け、どこかの海岸に到達する。海底が浅くなるにつれて、うねりは波となり、砕けて消える。

波を目で追いながら、今このときも生まれては消えている大海原のうねりや波のことを想像するのはなかなか贅沢な時間だ。

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私の一冊

古川佳代子

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「舟を編む」 三浦しおん 光文社

 

本好きの人間にとって決しておろそかにしてはいけない書籍に「国語辞典」があります。

その中でも私の宝物は岩波書店の『広辞苑 第6版』。10センチはあろうかという分厚い辞書ですから持ち運びには不便なのですが、この中にありとあらゆる言葉がぎっしりと詰まっているかと思うとそれだけでありがたく、顔がにやけてしまいます。

けれども、そのありがたい辞書がどのようにつくられるのかについては、全く知りませんでした。その過程をドラマティックに示してくれたのがこの『舟を編む』。

言葉に対するずばぬけたセンスを見こまれて、辞書編集部に引き抜かれた青年を中心に綴られる、エキサイティングで地道な作業の数々の愛おしいこと。 できることなら、来世は辞書作りに関わってみたいなぁ。

古川佳代子

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私の一冊

鳥山百合子

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「もりのへなそうる」 わたなべしげお作, やまわきゆりこ絵 福音館書店

このお話は、てつたくんとみつやくんの兄弟が森へ探検へ出かけ「でっかいたまご」を見つけるところから始まります。次の日、また森へ行くと、たまごのあったところに立っていた「へんなどうぶつ」。それが、へなそうる。「ぼか、へなそうるのこどもだい」と胸を張って答えるところがとても良いのです。

てつたくんとみつやくんと仲良くなってかくれんぼをしていると、お腹を蚊に刺されたへなそうる。初めての経験に驚きながら「かに(へなそうるは蚊を蟹と言っている)にさされたよう!バンデージはってよう!」とお腹をぼりぼりかきながら、大きな声で二人に伝えます。

最近、2年生の娘とこの本を読んだのですが、へなそうるが蚊にさされたページを声にした時、私自身がこどもだった頃のことが思い出されました。多分、私をはじめ2人の弟たちにもせがまれたのでしょう、私の母はこの本を何度も読んでくれました。バンデージを貼ってほしいと必死に訴えるへなそうるが何だか気の毒でたまらなかったこと。「バンデージ」はバンドエイドのことで、同じ物なのに色々な言い方があるんだなと子ども心に思っていたこと…。記憶の中の母の声色と共に蘇りました。

そしてもうひとつ。てつたくんとみつやくんのお母さんが作ってくれるお弁当が実に美味しそうだったのです。

「いちごをとんとんとうすくきって、それに、はちみつをとろとろっとかけた」サンドイッチ。「たらこをやいて、それをほぐして、ごはんにまぜて、きゅっきゅっきゅっとにぎって」作ったおにぎり。

いちごの赤色とはちみつの黄金色、たらこの粒々が目の前に現れてきたのは娘も一緒だったようです。

「いいなあ。いちごのサンドイッチ、今度作ろう」

近いうちにサンドイッチを作ってみようと思います。

一緒に読んだという記憶は、新しい楽しみをつくってくれます。

鳥山百合子

 

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土佐町ポストカードプロジェクト

2020 May

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田井山 | 式地希乃花・晃太朗

 

5月の田井山。
新緑、と呼ぶのも躊躇するほどの勢いがこの時期の緑にはあります。

足元のコケ類も青々と元気づいている印象。

少し山中に入れば、樹木と草花で迷路のような様相になっていて、子どもたちにはちょっと怖いけどちょっとワクワクという場所なのかもしれません。

先を歩くお姉ちゃんは式地希乃花ちゃん、後から付いていくのは弟の晃太朗くん。

姉が先、弟が後、というこの光景も万国共通なんでしょうね。

 

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4001プロジェクト

山中泉夫 (中島)

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中島地区の地区長をされている山中泉夫さん。

中島生まれの中島育ち、中島という地区をずっと大切にされている方です。

長く郵便局員としてお仕事をされていたそうで、おそらく町の隅々までご存知と思います。

現在、土佐町役場の若手職員たちが挑戦中の「中島観音堂クラウドファンディング」、地区長の泉夫さんもテレビの取材などで多々動き回っていただいています。

この撮影はその中島観音堂の前にて。聞けば中島観音堂の掃除や草刈りなども何十年と泉夫さんがされてきているそうです。本当の意味で「地域を守る」ということの一端を教えていただいたような気がしました。

 

クラウドファンディングも残りわずかです。こちらもよろしくお願いします!

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