川村房子

 

 

山の人、町の人。先祖代々住む人、都会から越してきた人。猟師さん、農家さん、森の人、職人さん、商店さん、公務員…。

人口4,000人弱の土佐町にはいろいろな人がいて、いろいろな人生があります。

土佐町のいろいろな人々はどんな本を読んでいるのでしょうか?もしくは読んできたのでしょうか?

みなさんの好きな本、大切な本、誰かにおすすめしたい本を、かわりばんこに紹介してもらいます!

(敬称略・だいたい平日毎日お昼ごろ更新)

私の一冊

川村房子

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「生きるヒント」五木寛之   角川書店

超ミニ版(10cm四方位)。

以前、何気なく読み過ごしたところも再度読むと深い。

「よろこび上手な人がいい」

日々のよろこびのある人は年老いて老人ホームで過ごすことになっても、過去のよろこびを想い出としてたくさんため込んでいる人は幸せですと書かれている。

健康に気をつけてよろこび上手になりたいと思った。

A 歓ぶ 惑う 悲む 買う

B 喋る 飾る 知る 占う

C 働く 歌う 笑う 想う

自分の人生を愛するために3冊に分かれている。

土佐町の青木幹勇館においてますので読んでみて下さい。

川村房子

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ほのぼのと

おんじゃく

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「おんじゃく」はまっ白な石。

その石で地面に書くと白くついてチョークで書いたように見え、ケンケンパーや石けりなどを地面に書くときれいに描けた。

どこにでもあるものではなく、能地の山奥にあると聞いた覚えがある。

おんじゃくの持ってないみんなあ(3にんよればみんなあと言うと母によく言われた)で川に行っていろいろな石を岩にこすりつけながら、色のつくのを捜した。

それを「めんじゃく」とよんでいた。

なんでめんじゃくと言うたろう。おんじゃくが男でめんじゃくが女??

めんじゃくで書くと灰色っぽくおんじゃくの白さにはとうていかなわない。

 

覚えているのは中学校の校庭で小学生の頃。夕方近かったので秋の放課後かなあ??

地面におんじゃくで書いているのは、幹勇館にいる三代さんやった。

その石を割って分けてくれんろうかと、うまをあわせたけれど分けてもらってよろこんだ覚えはない。

それほど貴重で自慢のものやったかも知れん。

後日、友達夫婦に「おんじゃくって覚えちゅう?」と聞いたら、旦那さん(新宮出身)が「新宮から山越えで三島に抜ける峠をおんじゃく峠があってそこにはおんじゃくがあったらしい」と言っていた。

又、又、後日三代さんにおんじゃくの話しをしたら「能地は私の生まれどころやき、おじいちゃんが山へ行ってとってきてくれたろうかねえ」と言い、おまけに「分けちゃるわけがないろう」とにやりと笑うた。

やっぱりそうやったか~。

 

 

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ほのぼのと

竹馬

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小学校3~4年の頃だった。男兄弟のなかで育った私。

二つ違いの兄と弟。その連れが庭先に集まって竹馬づくり。

さだかではないけれど、中学生はいなかった様に思う。

それでもナイフや鎌、ナタなど上手に使っていた。

 

何処からか切ってきた竹を、節のないように削り心棒をつくる。

火を焚いて割った竹をあぶり、膝をつかって曲げ、足置き台をつくる。

それを組み合わせて縄やかずらで結びつけてできあがる。

針金はこどもの遊びに使わせてもらえる時代ではなかった。

 

結び目が緩まないように、コツがあっておもいっきり角度をつけてしばり、その後水平にしていく。

「へーーーすごーい」と見ていた。

それでも子どもが作ったものだから、何度も乗るうちに足置き台がゆるんでしまう。

畑帰りのおんちゃんが見かねて、きつく締めなおしてくれた事もあった。

 

私専用のをつくってくれるわけではなかったので、兄や弟のをかりて練習。

いつのまにか乗れるようになっていた。

昔は近所に大勢の子どもがいたし、親が子どもの相手をしてくれることもなかったので遊びのすべてを上級生に教えられルールを覚えていった。

 

一昨年、友達夫婦と小豆島に行った時、「24の瞳」で知られる岬小学校に寄った。

校舎の隅に竹馬が立てかけられており、自由に乗ってもいい様だったので挑戦。

 

歩けた歩けたー。

40~50センチはあったと思う。

 

65歳。

昔取った杵柄はすごい。

 

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ほのぼのと

着せ替え人形

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友達のふみちゃんが「孫が大きゅうなったけ」と着せ替え人形を譲ってくれた。

ドレスはもとより髪飾りやバッグにブーツまで着せ替えられ、色もカラフルで紙質もいい。

裏にマグネットがついていて、着替えが楽々とできるのもあるのにビックリさせられる。

 

子どもの頃、着せ替え人形は手描きだった。拙い絵だったけれど、下手なりに洋服を何着も描いて楽しんだ。

上級生に描いてもらったりすると、とてもうれしくて大事に大事にした。

首の部分がちぎれやすかったので厚紙を裏に貼った。誰にならったのか子どもなりに工夫していた。

雨の日は隣の寿子ちゃんの家で着せ替え人形ごっこをした。人形の家は石鹸箱やマッチ箱で花柄のお菓子の箱などを持っていたりすると、うらやましかったのを思い出す。

 

今では

「いらっしゃいませ  何にしましょう?」

「それじゃあ ハンバーグとジュースをください」

「わかりました 少々お待ちください」

「ポテトはいかがですか」

「まあ おいしいき 買うちょきや」

3歳と5歳の孫娘相手に紙人形をもってお買いものごっこ。

ファーストフード店の店員さんの言葉と土佐弁を達者に使う。

女はこんまい(幼い)時から違う!!

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ほのぼのと

いっすん

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輪ゴムを二重にして長くつなぎ、両端を二人で持ってそれを飛ぶゴム跳びの事。なんで「いっすん」と言うたろう??

記憶もさだかじゃないけれど、持ったゴムを膝こぞう、腰、胸、肩、頭と上げていく。頭の上にひろげた片手を「いっかち」というのもあったと友達は言う。

最後は腕をまっすぐ伸ばして両端を持ったゴムを飛び越えたら終わり。途中でひっかかると休みとなったのか、ゴム持ちになったのかは忘れた。

飛び方もいろいろ。腰までは飛ぶ時に触ったらアウト。うしろ跳び、よこ跳び、それから助走をつけ足をあげて跳ぶ。逆立ちをして跳ぶ、側転で跳ぶ。

他の跳びかたもあったかもわからんけどねえ。ゴムやき失敗しても痛くないし。

小学生の時はパンツのゴムにスカートをはさんで跳んだ。中学生になっても私らあの学年は男女仲がよかったけ校庭でやった。

制服はスカートやったき・・・、まさか逆立ちはないでねえ。体育の前のブルマやったかも・・・・、上も下もゴムのはいったブルマやった。

テレビゲームも携帯も無い時代で外での遊びがほとんど。いろんな事を思いだす。

遊びの中で結構鍛えられよったと思うねえ。それにしてはリズム感も運動能力もいまいち・・・・、やけど。

 

これでこの話しは終わりの予定やった。ところがその夜、久しぶりの同級生と食事会。なつかしいねえと「いっすん」の話しをした。

「えっ いっすんと違うでー いちだんと言うたでー」

「えっ?えっ?そういえばそんな気がする」

「確か頭が10段」

「そうそう」みんな納得。

それから足首、すね、気をつけ、腰、胸、肩、耳、頭、何と考えても足らん。

「地べたは?」

「そりゃないろう」

「へそもあった?」

「いやー腰とかわらんろう」

なんぼ考えても考えても思い出せん。三人よれば何とかと言うけれど四人よっても無理やった。

布団の中でもずーっと思い出してはみたけど、いつの間にか、ねいっちょった。

 

 

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ほのぼのと

湯たんぽ

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「ひやいねえ。凍ってしまいそう」が挨拶。

立春を過ぎたというのに、今年の寒さは何とも厳しい。

夜、9時になると湯沸かし器を熱湯にして湯たんぽに取り、布団に入るまでの1~2時間足元に入れて温める。

蛍光灯を消し、エアコンを切って枕元のスタンドをつけ、布団に入り図書館で借りた本を開く。私の眠り薬みたいなもの。

足元に入れていた湯たんぽを腰の下まで引き上げると「う~ん ぬくい~~気持ちいい~~。」

去年までは亡くなった父が使っていた電気敷き毛布をもらってきて使っていた。

友人が「湯たんぽが気持ちいいでー」と言ってくれても「いやいや文明の利器にはかなわんでー」と言いはっていた。

そう云えば、昔々子どもの頃には湯たんぽを入れていた。今のようにポリではなくて、茶色の焼き物のようでそれを入れる袋も母の手縫いだった気がする。

思い立って湯たんぽをいれてみると、しんしんと寒い夜でも、朝までほのぼのとちゃんとぬくい。

のどの渇きもない。ガス代と電気代、ウ~ン…。友人の勝ちです。

皆さんにも是非おすすめです。マルニで798円で売ってました。

 

 

 

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ほのぼのと

おじゃみ

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リレー連載第1回目のテーマは “こどもの頃の遊び” 。第2走者は土佐町の川村房子さんです。

 

おじゃみというのはお手玉の事で、それで遊んだのはいつ頃やったろうか。

10年が一昔やったら5つ数えてもまだ足らん。

はじめは両手に持って投げてはにぎりを繰り返し、どうにか両手で操れるようになると次は片手、その次はおじゃみの数を2個から3個へと難易度をあげよったねえ。

中学校の時は運動会の競技にもなっちょたがでー。無論すんぐにアウトよ。

上手になってくると童歌にあわせてやるがよ。

 

歌も書いちょこう。(この間友人に教えてもろうたところ)

 

1、 おはぎがお嫁に行くときは あんこときな粉でお化粧して 丸いお盆にのせられて 口の関所を通ります

2、 それからおはぎはのど通り その日は腹で一夜して 明日は腸内ひとめぐり 着いた所は下の関

 

こういう落ちやったとは知らんかった。こじゃれちゅうねえ。

おじゃみを手に取ることがあったら、歌いながらやってみて。

 

 

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