2023年5月

笹のいえ

ミツバチ時間 寒露〜冬

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続き

 

話は前後するが、僕はスズメバチの来襲の二週間ほど前に蜂蜜を収穫(採蜜)していた。

ミツバチたちが巣箱内に蓄えた蜜は、冬の間の貴重な食事となる。蜜が足りないときは、人が砂糖を水で溶かしたものを与える。給餌が十分でないと、群れが飢餓に陥り、全滅する恐れがある。分蜂したその年は蜜量やミツバチの数が少ないことがあるので、そんな状況では採蜜せず、越冬できる糖を確保しておくが必要だ。

僕の巣箱は五段まで成長し、蜂の数も多く、活発で、多少採蜜しても問題ないと考えた。家族からの期待もあった。
ある日の午後、上から二段分、パン切り包丁で巣箱を切り離してみた。巣房の断面は等しく並んでいて、数学的だった。房内は蜜で満たされ、傾いた陽の光が反射してキラキラと輝いていた。小さな虫たちがこれほど正確かつ美しく作り上げた芸術を、驚きと感謝をもってしばらく観察した。
台所に移動して、巣を取り出し、中身をボールで受ける。黄金色の蜂蜜が自重で滴り落ちてくる。子どもたちの手が伸び、指で蜜をすくい、口に入れた。しばらくの沈黙のあと、「おいしい!」「あまい!」と口々に言い合う。僕もひと舐め。ただ甘いだけでなく、いろんな味が凝縮していると感じる。ミツバチとこの環境がつくった、オンリーワンの蜂蜜だ。

働き蜂たちが毎日何往復もしてせっせと集めてくれた自然の恵みをしばし味わう。「いまだけハチミツ食べ放題」な状況は、子どもたちにとっておとぎ話みたいなひとときだっただろう。まだ箱内にいたミツバチに刺されてしまった子もいたが、目の前にあるたくさんの蜂蜜に集中していて、痛みも気にならない様子だった。充分堪能してから、巣に重石をして数日放置。採れた蜜は全部で一升くらいだった。小瓶に分けて保存する。蜜蝋は一旦冷凍。後日湯煎して不純物を取り除き、ミツロウラップや保湿クリームなど自作する予定だ。

さて、その後さらに季節が巡り、冬がやってきた。越冬対策として、巣箱を麻袋で覆い、給餌を定期的に行った。しかし、寒さが厳しくなるにつれ、群れの元気が無くなっているようだった。連日気温は氷点下近くまで下がり、寒い冬となった。

ニホンミツバチはこの地域に昔から生存していたわけだから、人の助けを借りなくとも冬を越せるはずだ。しかし、全ての群れがそうであるとは限らないし、別の原因でその寒さに耐えられないこともあるだろう。毎日数匹の蜂たちの死骸をみることになった。寒さは続き、蜂たちは死に続ける。給餌の頻度を上げるなどして、対策してみるがあまり効果は感じられない。

負の連鎖を断ち切ろうと、僕ができることは実行した。あとは早く春が来るようにと祈るくらいしかなかった。しかしその想いが通じることはなく、一月末にやってきた大寒波のあと、群れが全滅したことを確認した。巣を取り出してみると、最後まで残った働き蜂たちは、巣房に頭を突っ込んでそのままの姿勢で冷たくなっていた。身を寄せる仲間が居なくなり、ついに自らのいのちも凍らせてしまった。その直前に彼らはどう思っていたのだろうか。また、女王蜂の姿は見つけられず、その辺も理由のひとつかもしれない。

夏の大量死やスズメバチの攻撃、採蜜過多、巣箱の設置位置など原因として考えられることはいくつかある。特に問題がなくとも越冬できない群れもいるらしい。

僕にとってはじめての養蜂は残念な結果となったが、いまでも羽音がするとその姿を探してしまうことがある。ミツバチたちのいる時間は、豊かで学び多き日々だった。

 

お終い

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土佐町の絵本「ろいろい」。コロナ禍の数年も挟んで、約5年かけた長期プロジェクトとなりました。

完成した「ろいろい」は、ジャバラ型の少し変わった形をした絵本。ながーいページを伸ばすと、そこには土佐町の実在の風景や文化、人々が描かれています。

表面には春と夏の町。裏面には秋と冬。

15回に渡る記事で、絵本「ろいろい」を1ページずつ解説していきます。

 

 

 

どこの絵?土佐町の皆さんはわかりますね?

 

ろいろい ろいろい

ふうわりふわり ほたるまう

たんぼの みなもに ひかりがまたたく

「ことしも こじゃんち とびゆうねえ」

みあげれば まんてんの ほしぞら

 

さあ、次にやってきたのは、皆さんにもお馴染みの場所。

あまり説明も必要なさそうですが、ヒントは「蛍」「木製の歩道と手すり」「煙突」。

そのどれもが特徴的なので、「みなまで言うな」と怒られそうですが、そうここは三島と東境のちょうど境目。

田んぼに蛍が飛び交うのも初夏の風物詩。

国道439号からも見える木製の歩道橋。そして、土佐町の酒蔵・桂月(土佐酒造)の煙突。

例に漏れず、この場所もこれまでとさちょうものがたりで何度もご紹介してきた場所。

 

 

↓この場所で撮った蛍。今年ももうすぐですね。

2020 June

 

↓土佐酒造・お酒を作っている皆さん。後ろに煙突が見えますね。

桂月の作り手たち

 

↓この場所は、地元の方々の努力で現在の形に維持されています。蛍の出る頃には、この辺りの街灯の灯りが消されます。暗闇で舞う蛍の光は、とても幻想的。毎年、たくさんの人たちが楽しみに見にきます。

蛍住む桂月通り

桂月通りの区画整理

 

 

絵の左側には、桂月の3代目である澤田久万吉さんの姿が。毎朝欠かさず、ホラ貝を吹いていたそうです。

久万吉さんのホラ貝

 

↓蛍は「キネマ土佐町」の春篇にも登場します。5:59あたりから

[動画] キネマ土佐町・春

 

 

今回は、三島の桂月通りをろいろいしました!

絵本「ろいろい」、また次へと続きます!

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私の一冊

西村まゆみ

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『がんになった緩和ケア医が語る「残り2年」の生き方、考え方』 関本剛  宝島社 

この本は、 43才の緩和ケア医師、 関本剛先生が語る残り2年の人生の過ごし方を綴った本です。

がん患者を看取るはずの医師が ステージ4のがんを宣告され 、看取られる側に足を踏み入れた時、「人間としてあるべき姿」について、自分自身に言い聞かせ、それを実行する。
人間が誰しも持っている「最後はこうありたい」という理想を価値あるものだと考えているし、「先生、私は美しく死にたい」そう答える老婦人は、「こうありたい」という願いよりも「こうはなりたくない」という意識が人間の行動を規定するのではないか。

ドイツの神学者、マルティン・ルターの有名な言葉がある。「たとえ世界の終末が明日であっても、 私は林檎の樹を植える」。

よく死ぬためには、よく生きなければならない。今は健康でも2人に1人ががんになるという現代の日本で、がんになるという未来を予測し、覚悟して生きている人は、どれ程いるだろう。

がん患者の側に立ち続けた関本先生は、抗がん剤治療を受けながら、今後、新たな薬や治療法が出現し、うまく奏功すれば…とい う期待を持ちつつ、 時々最悪に備えつつ、普段は最善に期待する」 という姿勢を貫いていらっしゃった。

けれども、関本剛先生は、2022年4月19日に自宅にてお子さんの声に笑顔を見せ、ご家族に見守られながら、穏やかに旅立ったそうです。先生はもういませんが、その想いは、皆の心に今も生き続いていくでしょう。

 

 

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土佐町の絵本「ろいろい」。コロナ禍の数年も挟んで、約5年かけた長期プロジェクトとなりました。

完成した「ろいろい」は、ジャバラ型の少し変わった形をした絵本。ながーいページを伸ばすと、そこには土佐町の実在の風景や文化、人々が描かれています。

表面には春と夏の町。裏面には秋と冬。

15回に渡る記事で、絵本「ろいろい」を1ページずつ解説していきます。

 

絵:下田昌克

 

ろいろい ろいろい

「おーい!いっしょにおよごうや!」

めをつぶり ざぶんととびこむ

みみもとではじける みずのつぶ

あゆのからだが きらきらひかる

 

6ページ目は、いざ川へ!

土佐町の夏といえば、川!

蒼く澄みきった川。鮎やアメゴの泳ぐ川。川に飛び込む子どもたち。岩や橋の上からざぶんと飛び込むと、耳元で水の粒が弾ける音が。気持ちいい!気分爽快!大体7月くらいから、川で遊ぶ人たちの姿が見られます。

「キネマ土佐町 夏」には、さまざまな夏の川の顔が映されています。

キネマ土佐町・夏

 

 

土佐町ポストカードプロジェクト」にも、たびたび川は登場しています。下に4つ紹介していますが、他にもまだまだあるので、ぜひ探してみてください。

町内にはいくつも遊べる川があって、それぞれの人にお気に入りの場所があります。

 

↓平石川

2022 Aug. 平石

 

↓地蔵寺川

2020 Aug.

 

↓東境に流れる川

2022 Aug. 東境

 

↓石原地区を流れる押ノ川

2021 July 石原

 

岩から飛び込む!

このページに描かれているのは、地蔵寺立石という場所。描かれている大きな岩も実在しています。地蔵寺地区の子どもたちは、岩のてっぺんから飛び込んでいたそうです。近くまで行くとかなりの高さ!度胸が試されます。

 

↓2020年2月、下田さんも地蔵寺立石を訪れました

下田昌克さんが土佐町にやって来た!2020年(3日目)

 

子どもは川で遊ぶ

石原地区出身、作家の司馬遼太郎さんの編集者だった窪内隆起さん。とさちょうものがたりの連載「山狭のおぼろ」では、石原地区で過ごした子ども時代の思い出を綴っています。窪内さんのお家へ伺った時、小学校4年生の時に自分で作ったという「金突鉄砲」と「水中眼鏡」を見せてくれました。「金突鉄砲」は、魚を突く道具です。

川や山が子どもの遊び場だった時代、魚を突いた時の感覚が今も残っているといいます。その様子を語る窪内さんはそれはそれは楽しそうで、思い出はいつまでもその人を支え続けるものなのだと感じます。

幼い頃に培われた感性は一生もの。自然の中で遊ぶ、とにかく遊ぶ。現代の子どもたちにもその時間と経験を作ってあげたい、と強く思います。

 

↓窪内隆起さんが書いた「金突鉄砲」のお話はこちら

金突鉄砲

 

しゃくり漁

絵の真ん中、水に飛び込んだカッパの右横には、水中で長い棒のようなものを持った大人がいます。これは、鮎の「しゃくり漁」をしている様子が描かれています。「しゃくり漁」は、竹ざおの先に糸と針をつけた道具で、泳ぐ鮎を引っかけてとる伝統漁法です。

水中をのぞき、鮎の通り道を狙います。鮎が針の上を通った時、竿をあげ、鮎を引っ掛けて捕らえます。透明度が高い川だからこそできることです。

鮎漁が解禁されると、川のあちこちで、こういった姿の大人たちを見かけます。

 

金突きとハコビン

男の子が持っているのは「金突き」。竹の先につけた鉄の銛先で魚を捕らえます。首から下げているのは「ハコビン」という木枠にガラスがはめ込まれた「ハコビン」と呼ばれる道具です。びっくりするほど水の中がよく見えます。

 

 

きらきらひかる

文章の最後「あゆのからだが きらきらひかる」。この一文は土佐町上津川地区で暮らしている川村栄己さんのお話から生まれました。

栄己さんは、早明浦ダムができる前の川をよく知る人です。「道路から川をのぞき込むと、鮎のからだの黄色い模様がキラキラ輝いて見えた」「それほど川がきれいだった」と懐かしそうに話してくれました。

栄己さんの言葉が、この地の川の美しさを伝えてくれています。

川村栄己さんの場合

 

川は、私たちの生活の中にあります。

風景の中に、暮らしの中に、いつもそばで流れている。きれいな川が暮らしの中にあることは、かなり、いや、相当幸せなことだと感じます。

 

ろいろい ろいろい。川で遊んだあとは、どこへ行こうか?

次のページをお楽しみに!

 

 

 

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私の一冊

山門由佳

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「HAIKUGRAPHY 『season’s cafe』」 沼田元氣 ギャップ出版

ミニチュアというものは、ぢーーっと見れば見るほどおもしろくて、みている間、時空をこえてその世界にひきこまれる感じがします。こちらの本、たて9センチ、よこ6センチのかわいいサイズです。いわゆる豆本とよばれる部類に属するでしょうか。

喫茶をこよなく愛するカメラマンの著者が、季節を大切にする俳句と組み合わせた喫茶&俳句&写真集です。

この豆本を手のひらの上でひらくと、いつでも憩の空間が。喫茶の俳句と喫茶店の写真。 たった17文字の言葉と、喫茶店の一部を切り取った写真が想像を掻き立てます。

小さきものの大いなるエネルギー。ここでお気に入りの一句をいくつか紹介します。

 

八月の カフェの暗がり 熱帯魚

残暑過ぎ 喫茶店で 人老いし

枯葉舞い スプン一杯の 涙かな

窓際の コーヒーカップの 影長く

カフェは温室 冬のテーブル チューリップ

ほがらかな 女と行くカフェ 春近し

夢やぶれ でも喫茶店がある 冬木立ち

 

どれもいいですねぇ。 喫茶店の情景、喫茶店での心情がありありと浮かびます。

 

 

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土佐町の絵本「ろいろい」。コロナ禍の数年も挟んで、約5年かけた長期プロジェクトとなりました。

完成した「ろいろい」は、ジャバラ型の少し変わった形をした絵本。ながーいページを伸ばすと、そこには土佐町の実在の風景や文化、人々が描かれています。

表面には春と夏の町。裏面には秋と冬。

15回に渡る記事で、絵本「ろいろい」を1ページずつ解説していきます。

 

絵:下田昌克

 

ろいろい ろいろい

はねるあまつぶ だいちにしみこむ

うなぎとびだし かえるなく

「やりゆうかえ」

「しょうはえちゅうちや」

「ごくろうさん」

 

5ページ目、雨の日の溜井

前ページの宮古野地区を通り、ここは溜井地区。田んぼの横、車が一台やっと通れるくらいの道の脇に並ぶ色とりどりのアジサイ。この場所は「未来の里(とわのさと)」と呼ばれています。

1993(平成5)年から、和田芳穂さんがアジサイ一万本をこの場所に植え、地域の方たちと共に大切に守り育ててきました。

 

↓「土佐町ポストカードプロジェクト」でも撮影しています。

2022 June 溜井

ちなみに、土佐町の花はアジサイ。この場所をはじめ町内のあちこちにもアジサイが植えられています。

 

「しょうはえちゅうちや」

文章中にある「しょうはえちゅうちや」は土佐弁です。「いっぱい生えてるよ〜」みたいな意味になります。

この時期は、田んぼに植えた稲の間に草が生え、伸びていく頃。田に入って草を抜くのは大事な仕事です。

雨が降り続くと、川は濁流と化し、水路から水が溢れ、山は崩れます。自然と共に暮らすことは厳しさも伴います。思い通りにならない自然、どう足掻いても人間は自然には敵わない。町の人たちはそのことを身体で知っています。その体感は人間にとってとても大切なものだということを、皆さんの背中から感じます。

 

背中には背みの

農作業の時に身につけるアイテムとして欠かせないのは「背みの」。左下に描かれている人も背負っています。これが大変な優れもので、水を弾くので雨の日にはカッパ代わり、晴れの日には日除けになります。カンカン照りの日、外で畑仕事をする時に背みのを背負うと背中が涼しい!

背みのは一枚ずつ、手で編まれています。山に生えているスゲという植物を収穫し、干してゆがいで乾かして。そのスゲを編んで作ります。昔は背みのを編める人が何人もいたそうですが、今は数名。土佐町には「背みの保存会」があり、背みのの編み方を次の世代へ引き継ぐべく、活動しています。

 

↓2017年秋、下田昌克さんも背みの教室に行きました。

下田昌克さんのこと 5

 

うなぎ現る

絵の右側、道でくねくねと踊っているのは、うなぎです!

昔、土佐町の田んぼにはうなぎがいたといいます。大雨が降ったり台風が来て水路から水が溢れると、うなぎも一緒に流れ出て、道の上でぴっちぴっちと跳ねていたとか。「大雨の時は、うなぎがいるかどうか田んぼの脇の道を見に行った」と何人もの人から聞いたことがあります。

数は少なくなったものの、今もうなぎは川にいます。罠を仕掛けて捕まえて、かば焼きにして食べる人も。羨ましい!一度でいいから、土佐町産のうなぎを食べてみたいものです。

田ウナギ

 

↓うなぎを捕まえた時のお話はこちら

朝霧

 

↓うなぎの「ひご釣り」の名人のお話

釣りと鍬

 

↓うなぎのいた川で遊んだお話はこちら

川あそび

豊年えびは、豊作のしるし

絵の中央下に描かれている、オレンジの尾で田んぼを泳いでいるのは生き物は何でしょう?土佐町の人は、この生き物が田んぼに現れるととても喜びます。その名は「豊年えび」。田んぼに泳いでいたら、その年のその田んぼは豊作になるといわれています。

大きさはちょうどオタマジャクシくらい。黄緑色の体、目はクリッとしていて(?)、けっこうかわいい。

この季節は、生き物たちもみずみずしく活動します。豊年えび、オタマジャクシ、カエル…、そしてヒキガエル!

 

ヒキガエル=オンビキ

赤い傘をさした人の足元に描かれているのは、でっかいヒキガエル!土佐町にはヒキガエルも健在、雨の日に出てきます。「オンビキ」と呼ばれています。

雨の日、山道の真ん中にデン!と居座っていたら、かなりびっくりします。一度持ったことがありますが、ぬめっとしていて、ぶつぶつしていて重量級。「ひえーーー」と言いながら、両手でやっとさっとこ持てる。道に降ろすと、のそのそ山の中へ。威厳さえある姿は、まさに「山の主」でした。

 

↓家に「オンビキ」が来たお話「家の主」はこちら

家の主

 

↓和田守也土佐町長が話してくれた「オンビキ」の怖いお話はこちら

本当にあった怖い話

 

りゅうきゅう

絵の左に描かれている男の子が持っているのは、りゅうきゅう。大きいものは子供の背丈ほどもあり「子供の頃、畑から取ってきて傘のようにして遊んだ」とよく聞きます。雨上がりに畑へ行くと、雨粒がコロコロと輝きながら弾いて、とてもきれいです。

りゅうきゅうの茎の部分は食べることができます。歯応えはシャキシャキ!酢の物や豚肉と一緒に炒めても美味しい。土佐町のお母さんたちは、一年中食べられるように塩漬けにして保存しています。

土佐町の西石原地区の窪内久代さんに、りゅうきゅうの塩漬けの方法を教えてもらいました。

 

りゅうきゅうの塩漬け

 

今のような便利さがなかった時代、その時期にしか収穫できないものを保存し、一年中食べられるようにする。この土地のものを食べ、生き抜いてきた人たちの知恵の素晴らしさ。そこに人間の強さを感じます。

 

 

ろいろい、ろいろい。

雨の季節を抜けたら、次は夏!

さあ、どんな風景が待っているでしょう?

 

 

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私の一冊

西野内小代

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「魔女と過ごした七日間」 東野圭吾 KADOKAWA

「ラプラスの魔女」シリーズの最新作です。

この本も特殊設定ミステリー。エクスチェッドと呼ばれる、特殊で秀でた才能の持ち主である天才が活躍する。

母親を亡くし、父親(元刑事)と二人で生活している男子中学生が主人公。この父親の不審死から物語は展開する。
中学生の息子一人が残され、たまたま出会った魔女(特殊才能の持ち主)と犯人探しに挑む七日間を描いている。

後半は、マイナンバー制度を連想させる社会批判も織り交ぜながら繰り広げられていく。「ラプラスの魔女」ほどのドキドキ感はなかったが、ハズレのない面白さだった。

 

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とさちょう植物手帖

クマガイソウ(熊谷草)

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存在感抜群!

葉も花も独特で風変わりな植物です。草丈は30~40㎝。

葉は放射状に多数の脈があり、縦ジワになって目立ちます。

印象的な扇形の葉が2枚対生するようにつき、40年ほど前にテレビCMで一世を風靡したエリマキトカゲを連想させるような感じです。

たぶん一度見たら二度と忘れません。

クマガイソウは、日本の野生ランの中では最も大きな花を咲かせるそうです。

花びらが大きく膨らんだ袋状の花で、クリーム色の地に紅紫色の斑点と筋が入ります。とてもユニークな形でこれが名前の由来になっています。

 

鉄砲が伝来する以前の騎馬武者が、大きな風船かパラシュートを背負ったような姿の戦国絵図を見たことはありませんか。

甲冑の背に幅広い布をつけて戦場で風にはためかせり、風をはらませたりして後方からの矢などを避ける防具としたもので、この布を母衣(ほろ)と言います。

源平合戦で、源氏の熊谷直実(くまがいなおざね)が自分の息子ほどの年齢(17歳)の平敦盛(たいらのあつもり)の首を討ったという話は有名ですが、その源氏の武将がつけていた母衣に見立ててこの名が付けられたそうです。

因みに熊谷直実に対して平敦盛の名を取ったのがアツモリソウ。

クマガイソウと対をなし、草姿がよく似ています。四国には分布しておらず、北海道と中部地方以北の高山に自生するそうです。

クマガイソウは低山の杉林や竹林などの日陰に生育するのですが、高知県では絶滅危惧種に指定されるなど、自生地を目にする機会は少ないようです。

 

土佐町にはクマガイソウが自生する場所が数カ所あります。

その何処も、今年はよく花を咲かせていました。

 

クマガイソウの咲く林内にはエビネ(海老根)の花も顔を出していました。

 

 

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私の一冊

古川佳代子

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「ごみを出さない気持ちのいい暮らし」 高砂雅美ほか著 家の光協会

ゴミ出しをするたびに、もっとゴミを減らせないものか、と反省します。でも実践にはなかなか結びつかないのが、我ながら情けない…。

そんな時に目に留まったのがこの本。ゴミ出しに正解なんてないし、できること、できないことは人それぞれ。とにかく無理なく、楽しく、心地よく、できることから始めればよいのですよ、と6人の方の取り組みが紹介されています。

「自分がごみと決めたものが、ごみになる。捨てる前にもう一度だけでも使う」「物を買わずになんとかならないかなぁていつも考えています」そんな言葉と共に豊富な写真付きで、楽しいから続けてこられたゴミ減らしの工夫のあれこれが提示されています。

これなら私も始められる、と思えるものがいくつかあり、只今実践中です^^v

 

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土佐町の絵本「ろいろい」。コロナ禍の数年も挟んで、約5年かけた長期プロジェクトとなりました。

完成した「ろいろい」は、ジャバラ型の少し変わった形をした絵本。ながーいページを伸ばすと、そこには土佐町の実在の風景や文化、人々が描かれています。

表面には春と夏の町。裏面には秋と冬。

15回に渡る記事で、絵本「ろいろい」を1ページずつ解説していきます。

 

絵:下田昌克

 

4ページ目は、伝統行事 虫送り

毎年6月、土佐町の各地区で行われる伝統行事 虫送り。絵本では土佐町宮古野地区の虫送りの様子が描かれています。

田植えが終わる頃、稲に虫がつかないように、豊かな実りがありますようにという願いを込め、太鼓や鐘を鳴らしながら地区の中を練り歩きます。

 

ろいろい ろいろい

6がつのむしおくり

「さいとこ べっとこ さいのもり いねのむしゃ にしいけ」

ひびくほらがい かねのおと

ことしも ゆたかな みのりが ありますように

 

 

さいとこ べっとこ さいのもり

藁で作った大きなワラジを担ぎ、「さいとこ べっとこ さいのもり いねのむしゃ にしいけ」と言いながら、田んぼの周りを歩きます。

「さいとこ べっとこ さいのもり」は、人の名前です。(「サイトウベットウサイノボリ」と言う人もいます)

時は平安末期。源平合戦中、越前の武士である斉藤別当実盛(さいとうべっとうさねもり)が、源氏の木曾義仲の奇襲を受けました。実盛は稲の株につまずいて転倒、源氏方の武将に討たれ、無念の死を遂げます。

その後、加賀の国では凶作が続き、「実盛が、自分の死の原因となった稲を祟って害虫になった」と言い伝えが広がりました。

子どもの頃、実盛に世話になっていた義仲は、実盛の供養と豊作祈願を行ったとか。それが虫送りの始まりと言われています。

地区内を練り歩いた後、このワラジは白髪神社に奉納されます。

 

白髪神社

鳥居をくぐり、参道の先には白髪神社があります。白髪神社は、宮古野地区の人たちにとても大切にされている歴史ある場所です。白髪神社の第41代目宮司である宮元千郷さんに、とさちょうものがたり編集部は大変お世話になってきました。

今回の絵本作りにあたって、絵の右下に描かれている「五色の旗」やお供えものの意味を詳しく教えてもらいました。

 

↓「五色の旗」について、詳しくはこちらの記事をどうぞ!

【土佐町の絵本】資料集め③

「赤は太陽、青は火、黄は月、緑は水、黒は土」を表しているとのこと。「物事には、ひとつひとつ、ちゃんと意味があるのです」と宮元さん。

五色の旗は、この世界そのものです。各色に託された意味。それはこの世界で生きる人間の祈りでもあるのだと感じます。

「五色が調和し、今年も生きていけるだけの実りがありますように」

風に揺れる五色の旗から、この地で生きる人たちの声が聴こえてくる気がします。

 

 

↓お供えものについて

【土佐町の絵本】資料集め④

お供えものはお米やお酒、おもちや果物など、場所やお供えをした家によって違います。

「何をお供えしても、それは祈りのかたち。何が正しくて、何が間違いということではないのですよ」

宮元さんはそう話してくれました。自然に畏敬の念を持ち、感謝する。その気持ちが何より大切なのだ、という思いが伝わってきました。

 

↓「4001プロジェクト」でも、撮影させていただきました。

宮元千郷 (宮古野)

 

川村雅士さん

土佐町の絵本 資料集め③」にもありますが、宮古野地区の川村雅士さんも虫送りにまつわるさまざまな資料を見せてくれました。宮古野の虫送りが掲載された新聞記事は、虫送りの行列の人の並び方を描く際にとても助かりました。

毎年、土佐町小学校の子供たちも虫送りに参加しますが、その際には、雅士さんが「チョンガリ」という踊りを見せてくれます。(絵の右下に描かれています)

 

↓「4001プロジェクト」でも撮影させていただきました。宮古野の人たちは、虫送りの時には緑のハッピを着ています。

川村雅士 (宮古野)

 

田んぼの風景

この時期は、田んぼの植え直しをする時期でもあります。すげ笠や麦わら帽子をかぶり、腰に苗の入ったカゴをつけて作業する人たちが描かれています。土佐町の大切な原風景です。

「キネマ土佐町 春」にも、2分57秒から、田んぼで働く人たちの姿が。

[動画] キネマ土佐町・春

 

絵本には、実際に土佐町で暮らす人たちや行事が描かれています。お話を聞かせてもらい、写真を貸してもらい、資料を見せてもらったりと、町の人たちにご協力をいただいたからこそ描くことができた風景です。

緑の山並みや白髪神社の御神木も描かれ、「宮古野の風景そのものや」という、町で生まれ育った人の言葉が何よりうれしかったです。

 

ろいろい ろいろい。

宮古野を通り、次に向かう先はどこでしょう?次のページをお楽しみに!

 

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