下田昌克WEEK!!
あっという間にもう2ヶ月前になりますが、「絵描き」の下田昌克さんが土佐町を訪れ、土佐町の人々と風景をたくさんの絵に描いてくれました。下田さんがいた1週間、そこではなにがあったのか。今回、鳥山百合子の文章でお伝えしたいと思います。
それから、満を持して。
土佐町のフリーペーパー「とさちょうものがたり ZINE」の新創刊をお知らせします!
土佐町の魅力を町の内外にお伝えするZINE(ジンはマガジンのジンです)、12月20日に発刊します。創刊号は「下田昌克、土佐町を描く。」です。ご期待ください!
下田昌克さん。
仕事は絵を描くこと。絵描きさん。
下田さんは10月2日〜8日の1週間、土佐町に滞在した。
「絵を描いててよかったなあと思うのは、どんな時ですか?」と下田さんに聞いた。
「いつもだよ!一枚一枚。だって、絵を描いてなかったら会えない人、起きないことばっかりだもんね。スケッチブックがいろんなところに連れて行ってくれる。」
下田さんは、雨の日も晴れの日も、土佐町の人たちに出会って、笑って、たくさんの絵を描いた。
絵を描く時は楽しくて仕方ないようだった。そして、いつも目の前にいる人と心から向き合っていた。
下田さんが東京へ帰った後、保育園の先生、子どもたちのお父さんやお母さん、絵を描いてもらった人の娘さん、小学校の先生、展覧会の日に来てくれた人…。本当にたくさんの人が下田さんのことをうれしそうに、本当にうれしそうに話した。
下田さんは、土佐町の人たちに強烈な印象を残した。
それでいて思い出すと、ふと笑顔になってしまうような記憶。
土佐町役場で町長と教育長に挨拶をした後、まずは土佐町をぐるりと回ってみようということに。
雨の中、霧の中、山道を進み、大渕地区へ向かう。
途中、手のひらにはとても乗らない大きさのヒキガエルが道の真ん中を散歩していた。これも土佐町の風景のひとつ。
澤田泰年さん・静子さんの家へ向かった。
連絡はしていなかったけれど、いつものように「いらっしゃい。」と温かく迎えてくれた。
泰年さん手作りの小屋の中から早明浦ダムを見下ろす。
ねずみ色と藍色を混ぜたような色の空の下、山々はいつものように静かにそこにあって、白い雲が谷と谷の間に橋をかけているように見える。
下田さんはその風景をしばらく眺めながら、ふと言った。
「定住って何だかかっこいいと思う。自分は落ち着かなくて。その場所に行きたいと思うのは、その場所にいるべき人がそこにいるから。自分はその場所にいるその人に会いにいくのに、自分はずっと根がつかなくて“そこにいるべき人”になれない。そのズレがうまくいかないもんだなあ、って。」
何十色もあるクレヨンの中から一色を手にとる。最初は一色だった線に次々と色と線が重なるにつれ、その人の輪郭が現れる。
泰年さんだ…。
目の前にいる「その人」が姿を現す。
1週間、下田さんが絵を描く姿を見ていて不思議で仕方なかった。下田さんはその人と会うのが初めてなのに、どうしてその人のことが「わかる」のか。白い画用紙に浮かびあがってくるその人は、私から見ればその人そのものだったのだ。
私はその人の全てを知っているわけではないし、全てを知るなんて不可能なことは知っている。私は自分のことだってよくわかっていないのだから。
でも少なくとも、その人のことを下田さんよりは知っているつもりだった。下田さんが絵を描いている姿を見ていたら、私は今までその人のどこを見てきたのだろうと感じずにはいられなかった。
描きあげて「どうかな?」とスケッチブックを泰年さんに向ける。
「似いちゅうなあ!」と泰年さん。
静子さんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら下田さんは言った。
「家族とはどれくらいの距離感がいいんだろう。家族って思ったより難しいな、って。家族って一番近いのにその辺がよくわからない。」
「限界集落ってどうなるやろう。うちのどちらか一人がいかんなって、子どもが高知市へ帰ってこいって言ったら帰らないといかんし。25年かけて一生懸命作った場所なのにね。そしたら大渕は一軒だけになる。」と静子さん。
下田さんは静子さんの髪の毛を描きながら、紫や水色を加えていた。
「色は直感で選んでいるんですか?」と聞くと「見える色で選んでるつもりなんだけど、ちょっと気分が入る。その人が発してる色ってあるよね。空気とか気配と言ったらいいのかな。」と下田さんは話した。
静子さんは最後に言った。
「いい出会いでした。幸せになってね。」
雨の中、泰年さんと静子さんが笑顔で見送ってくれた。
次は上津川地区の高橋通世さんのところへ向かった。
通世さんにも連絡はしていなかったけれど「ちょうど今帰って来たところよ。」と言って迎えてくれた。
「まあとりあえず、みつを食べるかよ?」と小皿に金色のはちみつを入れてくれた。すくうと、とろとろとろ…とスプーンから溢れ落ちる。
通世さんは毎年8月にはちみつを収穫している。「蜂の巣箱は大きすぎてもいかんし小さすぎてもいかん。蜂は、春は桜や菜種、今はセイタカアワダチソウやそばの花から、みつを集めるんよ。」
通世さんは山の人。山の仕事をたくさん知っている。
「今の時期は稲刈りを順にせないかんのと、こんにゃくの炊きもん(薪のこと)をこしらえんといかん。こんにゃくを煮る時もお風呂を沸かす時にもいる。広葉樹じゃないといかんがよ。こんにゃくは、昔からの木灰汁が一番えい。それやとよく固まるきね。」
「うちのおじいちゃんもおばあちゃんもこんにゃくを作ってた。」と下田さん。
下田さんは小さい時に兵庫県の山の中にあるおばあちゃんの家によく行ったのだそうだ。お風呂は五右衛門風呂だったこと、山のあけびがパカッと開いているのは、たくさんの口が笑っているように見えて怖かったと話した。
下田さんは絵を描きあげて「どう?」と通世さんに見せた。
「すごい特徴つかむねえ!これは記念になるわ。さすがや!」
通世さんは声を弾ませ、目を細めた。
帰り際、通世さんは自分でさばいたしし肉を下田さんに渡しながら言った。
「高知県を思い出してください。」
黒丸地区のアメガエリの滝からの帰り道、まるで水墨画のような風景が目の前に広がっていた。
軽やかな白い雲が重なり合って形を変えながら、まるで竜のように山の谷間を立ちのぼっていく。
今までずっとこの地は曇りの日も美しいと思ってきたけれど、この日は何だか特別だった。
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