2019年12月

山峡のおぼろ

田ウナギ

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川でウナギをとるのは当然だが、懐かしく思い出すのは、田でとったウナギのことである。

と言っても、田の中にいつもウナギが居るわけではない。田へウナギをとりに行ったのは、大雨のあとであった。それも渓流から水を引き込んでいる田である。

渓流から田まで、狭い溝で水を引き入れていた。相当長い区間のものもあれば、渓流からすぐ近くで直結している田もあった。そういう田や溝へ大雨のあと、とくに夜激しく降ったあとの朝に、網と金突きを持って走った。

大雨でぞう増水した渓流の水が、溝に勢いよく流れ込み、それが田に入っている。その水の中にウナギが居ることが多かった。

どうして溝にまぎれ込んできたのかは判らなかった。子ども心に、大水に押されて、抵抗できずに迷い込んだのか、何か餌を追っかけてここまで来たのかと、色々想像をめぐらせた。

狭い溝だから、水が澄んでいる時はウナギを見つけやすかった。それを網ですくったり、網をこわがって逃げ回る時は、金突きで突いてとった。

溝に入ってウナギを追っていると、別のウナギが足に当たって逃げて行ったり、めったにないことだったが、右往左往逃げるウナギを踏みつけたこともあった。そのぬらりとした感触は、今も足に残っている。

ウナギは田にまで入り込んでいたが、稲があるので、田に入って追っかけるわけにはいかない。稲を踏みつけたり、網で倒してしまうので、その時は畦から、長い柄を付けた金突きで突いてとった。

水が溝や田から溢れている時は、ウナギが道に飛び出していることもあった。これはとるのが簡単で、くねくね暴れているのに網をかぶせてとった。

水が引いたあとも、何日かは目が放せなかった。溝に居たウナギは渓流に返ったが、田に入ったのは引く水に乗り切れず、田に残ったままになっていた。

出口を探してバチャバチャと水音をたてているウナギはすぐに判って、金突きで突いた。そのあとは田の畦を歩き回って、稲の間を丹念に探した。

今は田も少なくなり、渓流のウナギも激減した。

楽しかった体験は、思い出の中にあるだけである。

 

 

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私の一冊

鳥山百合子

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「とさの笑」 梅原デザイン事務所制作 高知県文化生活部・国際課

高知の人、食、笑、技…。高知ならではのそれぞれが詳しく書かれている「とさのかぜ」の本です。こちらはその中の一冊「とさの笑」。

高知の道ぞいにある良心市やよさこい祭の花メダル、桂浜の五色の石、沈下橋、ミレービスケット。高知ならではの文化を「勝手に重要文化財認定」して紹介しています。高知に来たら必ず耳にしたり、手にするものごとについて、それはそれは詳しく調べられているのでとても面白い。

中にはサバの姿寿司もあります。
「頭や尾の部分が残るが、それは翌日、焼いて食べるのが楽しみ。酢が戻り、サバの焼き汁がしゃりに染み込んで、これがまたすごくうまい!」。土佐町で40年以上さば寿司を作り続けて来た長野さんもそう言ってた!とうれしくなりました。

この本は高知に来てから手にしたのですが、私の本棚のいつも「いい場所」に並んでいます。無意識でしたがそれはなぜなのか?先ほどはっと気が付きました。
この本の作り手の愛情が伝わって来るからだ、と。高知という土地が培って来た文化、その文化をつくり引き継いで来た人たちへの尊敬の念。それを伝えたいと思った作り手の方たちの熱が伝わってくるのです。「熱」と「真摯な姿勢」がここにあります。そして作り手がこの本を作ることを楽しんでいるだろうことも伝わってきます。

背筋がピンと伸びるようなこの一冊。私はこれから何度もこの本のページを開くと思います。

鳥山百合子

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みんなのアルバム

若者たち

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こちらも、相川小学校の古いアルバムからの1枚。

現代でいえば、年頃は高校生ぐらいでしょうか。

卒業記念なのか何なのかわかりませんが、きっと当時は一人前になるのが今よりも早かった時代。

彼らもすでに大人の仲間入りをする頃なのではないでしょうか。

娘たちの着物は絵柄が豊かで、思わずカラーで見てみたいなあと思ってしまいます。

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私の一冊

田岡三代

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「むらさきのスカートの女」 今村夏子 朝日新聞出版

近所に住む「むらさきのスカートの女」が、気になって仕方のない(わたし)は、彼女と「ともだち」になるために、自分と同じ職場で働きだすよう誘導し、その生活を観察し続ける。

と、本の帯に書かれている芥川賞受賞作のこの本。読み進めても、読み進めても、不可解。

この「むらさきのスカートの女」は、結局、(わたし)自身だったのか?

いまだわかりません。

難解な本でした。

田岡三代

 

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山峡のおぼろ

岩屋に入って

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渓流には大きな岩が多い。家ほどの大岩もある。洞穴のあいた岩もあり、それは「岩屋」と呼ばれていた。

子どもの頃から夏には潜って、アメゴを突いた。

山の渓流は冷たいので、しばらく潜ると唇が紫色になる。そうなれば、手足も動かすのがしんどく、漁にならない。そんな時は、大きな岩の上に腹這いになる。いわゆる甲羅干しである。

そうして、夏の日を溜めた岩で腹を温め、背中は陽光に当てる。そして体力と気分が戻ればまた潜る。それを何度もくり返した。

 

岩の思い出は色々あるが、自分としては雷鳴の時の、恐怖感を伴った思いが消えない。

渓流に入っている時や、その行き帰りに雷に遭うことは珍しくなかった。

大体は余り近くに迫ることなく終わるが、必死の思いで岩屋に逃げ込んだことも何度かあった。

まぶたに突き刺さるような稲光りが走り、地響きがするような雷鳴が、いきなり山を震わせることがあった。

狭い山間だから、その音は腹を殴られたような衝撃である。

すぐに近くの岩屋へ走り、金突鉄砲などの金属類を離れた場所に置き、岩屋内へころがり込むように入った。

そして岩屋の奥で身を縮めながら、稲光りと雷鳴が遠ざかるのを待った。

ピカピカ、バリッという稲光と、腹にドカッと来る雷鳴までの不気味な緊張は、今も身体が覚えている。

ひどい雷鳴の時は振動を伴って、地震に遭ったようだった。

稲光りがした時、岩屋の中から外を見ると、杉や桧、その他の葉が不気味に光っていた。

 

旧制中学校の同窓会でそのことを話すと、山育ちの友人たちの殆どが、

「俺も岩屋へ逃げ込んだよ。雷はこわかったなあ」

と言う。

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私の一冊

石川拓也

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「本の未来を探す旅   台北」 内沼晋太郎綾女欣伸 編著 朝日出版社

夏の終わり頃に台北に行ってきました。

台湾の人は親日でフレンドリー、ご飯がおいしい、夜市が楽しい、などなどいろいろ事前に耳にしていた事柄が、まさにその通り!な旅になりました。

もうひとつ楽しかったのは、独立経営の小さな本屋さんが数多くあって、しかもそのどれもが独特な生き生きとしたエネルギーを放っていたこと。

そのことを台湾の親戚に話したところ、これ持ってってと手渡されたのがこの本です。

日本語の本なのですが、まさか台湾の人にもらうとは。。。

内容はそういった独立系書店の現在を紹介しながら、タイトル通り「本の未来を探す旅」。

本屋さんを紹介しているので「本の未来」ですが、これはそのまま「文化」や「アイデンティティ」に置き換えてもよさそうです。なぜなら、本というのは文化そのものでもあり、本屋さんは本の売り場という役割はもちろんのこと、文化の発信地としての役割も(特にこれからの本屋さんの在り方としては)担っているのですから。

おもしろい本屋さんがたくさん登場してきますが全部を紹介するわけにもいかないので、2枚目の写真に撮った「田園城市」だけ書きます。

ここは書店であり編集プロダクションであり、出版社でもあってギャラリーでもあるという会社です。「最初から最後まで自分たちでやる」というこの姿勢には直感的に正しさと美しさを感じます。もちろん口で言うほど簡単にできることではないということもわかりつつですが。

近いのは、農家さんが生産者であり、加工もやって販売もしてレストランもやる、というようなスタンスでしょうか。

食と違い、文化に関しては地産地消に似た価値観はあまり聞きませんが、でも実は自分たちの文化を自分たちで作る、その出発点から最終ゴールまでを自分たちで全て(もしくはできる限り)賄うという姿勢はとても大切な気がしています。

仕事のひとつひとつが細分化専門化して全体が見えずらくなっているこの時代では特に、この田園城市のスタンスは光を放つのではないでしょうか。

台湾に滞在中に感じる自由さ肩の軽さというのは、もしかしたらこういう「やりたかったらやってしまえ」とでも言うような人々の姿勢に理由があるのかもしれません。

 

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4001プロジェクト

山根総介

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山口出身の山根くん。

地元のスーパー末広で勤務しながら、コーヒーが好きすぎて自分で販売もしています。11月に開催した「とさちょうものがたり in 高知蔦屋書店」ではポップアップストア「山根くんのコーヒー」が好評でした。

実は山根くん、今月から船橋に居を移しコーヒーの仕事を始めます。土佐町生活の最後に一緒に仕事できたのが良い思い出になりました。

 

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私の一冊

川村房子

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「自閉症のうた」 東田直樹 角川書店

自閉症である彼が書いた本を英訳したイギリス人作家との交流、メールのやりとりがQ&Aの形式で書かれている。

作家自身も自閉症の子どもを育てているので質問も具体的。他に「自閉症のうた」「旅」の二編が掲載されている。

作者は言葉としてしゃべる事ができないし、自分で文字にする事もできない。12歳から24歳の現在まで20冊以上の本を出版しているが、それは文字盤ポインティングやパソコンを使って表現しているとのこと。内に秘めているものは大きい。

この本を読んで、自閉症のの人たちと交流のある私は参考になった。

是非読んで欲しい一冊です。

川村房子

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4001プロジェクト

仙田聡美

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季節の焼き菓子orioriの仙田聡美さん。11月に開催した「とさちょうものがたり in 高知蔦屋書店」の紹介記事のために、実際にお菓子作りをされている場にお邪魔しました。

お家に入ったとたんに立ち込める焼き菓子の良い匂い!町のあちらこちらで見かけるお菓子のできあがる様を目の当たりにできたのは貴重な体験でした。

とても楽しそうに仕事する聡美さんが印象的で、これは土佐町の多くの人にも言えることですが、

好きなこと x 地元の材 x ビジネス =

この方程式で仕事が成立しているのは、見ていても楽しいことだなあと思います。

 

 

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私の一冊

田岡三代

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「そして、バトンは渡された」 瀬尾まいこ 文藝春秋

今まで、自分より年上の作家の方が書いた本を読む傾向にありましたが、好きな作家の方々も、ご高齢になり、中にはお亡くなりになった方もいて、これからは、最前線で書かれている方の本も読んでみようと手に取った本です。

主人公の十七歳の女の子には、父親が三人、母親が二人。

そのたびに名字が変わる。

数奇な運命と考えがちですが、いつも回りから愛され、淡々とその流れの中で生きていく。

境遇を受け入れる力と、人間の持つ温かさを信じた視点にほっとしました。

田岡三代

 

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