2024年4月

“4,001”

土佐町の現在の人口です。(2017年6月末時点・土佐町公式サイトによる)

注:土佐町の総人口が3,997人(2017年4月末時点)から4,001人(6月末時点)に増加したことに伴い、当プロジェクト名も「4,001プロジェクト」に変更になりました。

“4,001プロジェクト”は土佐町に住む人々を、全員もれなく、写真家の石川拓也が撮影する計画。

念のため書いておくと、「全員もれなく」…あくまで目標です。

土佐町の人口の増減によって、タイトルもたまに変わります。  (敬称略・撮れたときに不定期更新)

4001プロジェクト

近藤正子 (地蔵寺)

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東石原生まれの近藤正子さん、現在94歳。20歳で地蔵寺のご主人に嫁ぎ、74年間(!)地蔵寺に暮らしています。

 

 

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メディアとお手紙

高知新聞 閑人調 19

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とさちょうものがたり編集部の鳥山が、2023年春より、高知新聞の「閑人調」というコラムに寄稿させていただいています。

このコラムには数人の執筆者がおり、月曜日から土曜日まで毎日掲載。月初めにその月の執筆者の氏名が掲載され、コラム自体には執筆者のペンネームが文章の最後に記されます。

鳥山のペンネームは「風」。月に2回ほど掲載されます。

 

山の恵み

ゆでられたゼンマイが竹で編んだえびらに干され、家の軒先に並ぶ季節になった。コロコロ転がすようにもむと春の香りが広がる。干して、もんで。何度も繰り返すことでおいしいゼンマイになる。

ゼンマイは芽を出すとあっという間に伸びるので、天気の良い日は腰かごを身に着け、せっせと摘む。ぽきんという音が心地良い。

以前、近所のおばあちゃんと一緒にゼンマイを収穫したことがある。おばあちゃんは肥料の空袋にひもを付け、腰に縛り付けていた。「さあ行こか」と、足取り軽く斜面を登り、時には斜面を滑るように摘んで袋に入れる姿は、長年の経験を物語り、素晴らしく格好良かった。

先日、道端に車を止め電話で話していると窓をたたく人が。開けると、握っていたイタドリをぐいっと差し出し、口の動きだけ

「や、ろ、か?」

「あ、ありがとうございます!」

今年の初物を握らされた。

うんうんとうなずきながら歩き去っていくその人は、きっと散歩中にイタドリを見つけては摘んでいたのだろう。電話相手が「どうした?」と聞いてきた。

「イタドリ、もらった!」

いただいたイタドリは皮をはいで塩漬けし、数日後、油揚げと炒めて食べた。

これぞ山の恵み、春の味。

(風)

 

2024年4月15日の高知新聞に掲載されたコラム「閑人調」です。

4月に入って、たびたびお裾分けをいただく山菜について書きました。

春、田んぼ周辺や丘や道端で、山菜を収穫する人の姿をあちこちで見かけます。

山菜を見れば収穫せずにいられない。どうしたって血が騒ぐのは、人間は狩猟採集することで生きながらえてきた民族だからに違いありません。

コラムに書いた、腰に肥料袋を縛り付け、ゼンマイが育つ丘を軽やかに歩き回っていたおばあちゃんはもう亡くなりました。

おばあちゃんは亡くなりましたが、春はいつもそのおばあちゃんの姿を思い出させます。

春の山菜は山の恵み。その向こうに、いつも誰かの姿が見えてきます。

 

 

 

 

 

 

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4001プロジェクト

川村邦博 (上津川)

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現在は中島にお住まいの川村邦博さん。85歳だそうです。お元気!

この写真を撮影したのは上津川。邦博さんは背景に写っている家で生まれ育ったそうです。30年ほど前に中島に引っ越したのですが、今でもこうして家屋の整備をしに上津川へたびたびいらっしゃるとのことでした。

邦博さんの少年時代は、現在の舗装路もなく細い山道が家の前を通っていました。その道を辿って山を越えると大川村の白滝鉱山に着いたそうです。

そこを徒歩の人やリヤカー、馬を引いた人などが行き来して、上津川には旅人が宿泊できる旅館もあったそうです。

 

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ZINE13 土佐町のかたち 56p フルカラー A4

「とさちょうものがたりZINE13」、発刊です!

今号は「土佐町のかたち」と題し、とさちょうものがたり編集長の石川が撮影した写真をまとめた一冊です。

 

13号は、写真号

写真号は、2017年発刊の「とさちょうものがたりZINE 02」を皮切りに、2020年に発刊した07号、2022年の10号に引き続き、今回で4冊目。

土佐町の風景を撮影し、月ごとにポストカードにする「土佐町ポストカードプロジェクト」。そして、土佐町の住民の方を全員撮影しようと始まった「4001プロジェクト」。この2本立てになっています。

 

土佐町ポストカードプロジェクト

土佐町の四季折々の風景のなかに、町の子どもたちにも登場してもらって撮影することも。

ポストカードは土佐町役場受付や土佐町立図書館、土佐町郷土学習センターなどで配布しています。

町の方にお手紙を書いてもらい、大切な誰かに送る。そのことで町のPRができる仕組みです。町の事業者さんも商品を送る際にメッセージカードとして利用してくださっています。

 

 

4001プロジェクト

 

 

「土佐町の住民を全員撮影する」ことを掲げ始まったプロジェクト。このプロジェクトを始めた当時、2017年の町の人口が「4,001人」だったので「4001プロジェクト」というタイトルがついています。可能な限り、その方々の人柄や暮らし方などが表れるような写真を撮りたい。その思いで撮影を続けています。

 

町の姿そのままを

本日、2024年4月19日の地区長会で地区ごとにお配りし、土佐町の皆さんには全戸配布されます。号を重ねるごとに「いつも楽しみにしているよ」とお声がけいただくことが増えています。ありがたいことです。町の姿や町の暮らしそのままを、少し客観的な目で眺めてみる機会にもなればいいなと思っています。

県内外の図書館や美術館、カフェなどにも送付していますので、お近くに行った際にはぜひ手にとっていただけたらと思います。

 

↓配布先はこちら

ZINE

 

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読んでほしい

山菜ラッシュ

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連日、山の恵みをいただいている。

ワラビ、イタドリ、ゼンマイ、タケノコ、タラの芽…。都会では買わなければ食べられないものが、玄関先に置いてあったり、「持っていきや〜」と、どさっと手渡される。

先日、大量のワラビとイタドリをいただいた。なんとまあ!すぐに食べられる状態になっているではないか!

収穫した山菜を食べるためには下処理が必要である。以前、ワラビを下処理なしでかじったことがあるが、ものすごく苦い。下処理という仕事なしにはワラビをはじめとする山菜を食すことはできない。山菜によって下処理の方法が違うため、なかなかの大仕事。けれど不思議なことに、この手間ひまかかる仕事と向き合う時、春が来た実感を得る。

山菜たちは口裏を合わせたように収穫時期が重なるので、それぞれの処理が夜な夜な仕事になることもある。

だからなお一層、この日いただいた山菜のありがたさが心に沁みた。この量の山菜の処理にどれだけ時間がかかるのか、私には分かる。惜しげもなく手渡してくれた人の姿が何度も浮かんだ。

 

下処理について

写真手前がワラビ。ワラビは灰をかけて熱湯を注いでアクを抜く。この湯が熱すぎると、せっかくのワラビがドロドロになってしまうので要注意。今まで何回も湯加減を見誤り、涙を飲んだ。

写真奥は、高知県民だけが食べるというイタドリ。このままかじるとかなり酸っぱい。イタドリはまず皮をはぐことから始まる。皮が一度も切れることなく、する〜っとはげた時の爽快感はたまらない。皮をはいだイタドリは塩漬けしてアクを抜く。食す際には水に浸けて塩抜することで食べられる状態になる。

(注:それぞれが自分の極めた方法を持っています。これはあくまで私のやり方です)

 

これらの仕事をすっ飛ばし、すぐに食べられる山菜はありがたい以外の何者でもない。

ということで、連日、ワラビとイタドリを食べている。

初日はワラビの卵とじとイタドリの油炒め。二日目はワラビのきんぴら。三日目の今日は、イタドリと豚肉を炒めて食べようと思う。

どなたか、オススメのレシピがあればぜひ教えてください!

 

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とさちょう植物手帖

コオニタビラコ(小鬼田平子)

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コオニタビラコは水田や畔に生育します。

草丈は5~15cm、花の直径が1cmほどの小さな植物ですが、明るい黄色の花が辺り一面で一斉に咲き誇る姿は見応えがあります。

田舎の春の風物詩の一つなのですが、毎年出会える光景というものでもありません。田んぼを耕耘する時期はまちまちで、花が咲く前に耕してしまうところも結構多くあります。

「田平子」というのは田の面にロゼットの葉が平たく張り付いた形を述べたものだそうです。

葉っぱには茎の基部から出る根生葉(根出葉)と茎の途中から出る茎葉の2種があり、コオニタビラコの葉はほぼほぼ根生葉だけです。

この葉が地面からあまり立ち上がらず四方八方へ広がる様子が「田平子」なのです。

 

 

さて昔々、奈良時代から今に伝わる春の七草の一つにホトケノザがあります。

ところがそれは今の私たちの周りにあるホトケノザ(仏の座)ではありません。当時のホトケノザは、いわゆる「田平子」を仏様が座る台座に見立ててそう呼ばれていたコオニタビラコのことだったのです。

現在のホトケノザはシソ科オドリコソウ属の、早春から秋ごろまで紫色の花が見られる植物です。

サンガイグサ(三階草)という別名を持ち、段状で階層的につく葉が仏の台座に似ていることに由来する名前です。

 

七草の時期には、野にあるセリ、ナズナ、ゴギョウ(ハハコグサ)、ハコベラ(コハコベ)、ホトケノザ(コオニタビラコ)はどれもまだ花が咲いていません。花のない草の名前を同定するのは難しいですが、コオニタビラコの葉っぱには独特の特徴があります。田んぼへ行って目を凝らして探せば意外と見つかるかも知れません。

不思議なことに、タビラコと名のつく植物は他にもあります。

・コオニタビラコと同属のヤブタビラコ(藪田平子)

・コオニタビラコに似た花を咲かせる大形のオニタビラコ(鬼田平子)

・コオニタビラコとは無縁のムラサキ科のキュウリグサの別名がタビラコ(田平子)

・ムラサキ科のミズタビラコ(水田平子)

 

ややこしいホトケノザとタビラコについてどう解釈したらいいものかと、闇雲にネット検索していたところ「シソ科のホトケノザをサンガイグサ、キク科のホトケノザをタビラコ、ムラサキ科のタビラコをキュウリグサまたはニセタビラコとよぶことにした」という牧野富太郎博士の見解に接することができました。

ホトケノザがコオニタビラコになり、まったく別の植物がホトケノザになったその理由までは分かりませんが、これで一先ず腑に落ちました。

 

 

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4001プロジェクト

川村璋 (地蔵寺)

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昭和12年生まれ。本山町の汗見川育ちの川村璋さんは、20歳のときに地蔵寺にお嫁に来られたそうです。

以来、時代の変遷とともにずっと地蔵寺を見てきた璋さんです。

 

 

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くだらな土佐弁辞典

こんまい

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こんまい

【形容詞】小さい

 

例:こんまいことは気にしなさんな

意味:小さいことは気にしなくていいよ

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メディアとお手紙

高知新聞 閑人調 18

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とさちょうものがたり編集部の鳥山が、2023年春より、高知新聞の「閑人調」というコラムに寄稿させていただいています。

このコラムには数人の執筆者がおり、月曜日から土曜日まで毎日掲載。月初めにその月の執筆者の氏名が掲載され、コラム自体には執筆者のペンネームが文章の最後に記されます。

鳥山のペンネームは「風」。月に2回ほど掲載されます。

 

ご縁

前回の当欄は、訪問中のブータンで書いた。そもそもなぜブータンを訪ねたかといえばー。

この貴重な機会は、土佐町と京都大学東南アジア地域研究研究所の長年の交流から生まれた。

「幸せの国」と呼ばれるブータン。物質的、経済的な豊かさの比較よりも「国民総幸福度」を尺度として掲げ、その理念に基づく国づくりを行なっていることで知られる。

ただ、日本同様に、農村部では過疎・高齢化などの問題が深刻化しており、同研究所はブータンの大学と連携し、地域づくりに携わる人材育成を支援している。互いに人的な交流を続け、ブータンの方が来日した際には、中山間地域にある私の職場にもたびたび来てくれていた。その際にはブータンの方に、国旗にも描かれている龍をTシャツに印刷する体験をしてもらっていた。

私の職場では、障害のある方がシルクスクリーンという手法で印刷したTシャツを販売し、売り上げの一部を賃金としてお支払いしている。うれしそうにTシャツを着るブータンの方を見て、世界はやっぱり広いということを思い出させてもらっていた。

この交流が今回のブータン訪問のお声がけをいただくきっかけになった。人生何が起こるかわからない。ご縁に感謝。

(風)

 

2024年3月29日の高知新聞に掲載されたコラム「閑人調」です。

前回に引き続き、ブータンについて。今回は、ブータンに行くことになったきっかけを書きました。

3月1日〜12日のブータン滞在中、以前土佐町でお会いした方に何人も再会しました。保健省の役人さんや大学の先生、京都大学が主催するJICA(国際協力機構)草の根技術協力事業に関わる現地の職員さん…。日本滞在中に編集部に来てくれて、シルクスクリーン体験をしてくれた人たちです。「また会えてうれしい!」と握手を交わせることは、本当に素晴らしいことです。

「(シルクスクリーンで印刷した)龍のTシャツ、今も着てるよ!」と話してくれる人も。

滞在中、私にもっと語学力があれば…と思うことも多々あり、英語は勉強し続けるべきと痛感しました。

ブータンの方が初めて土佐町に来たのは2011年だったと聞いています。土佐町とブータンのつながりが生まれたきっかけなどなど、ブータン滞在記として、これから書いていこうと思っています。

 

 

*前回の「閑人調」はこちら

高知新聞 閑人調 17

 

*国民総幸福度(GNH)による国の運営を進めているブータン。2019年、土佐町で幸福度調査を行うにあたり、ブータンの現状を学ぶため、とさちょうものがたり編集長の石川がブータンを訪れています。

 

【番外編】ブータン・GNHレポート No.5

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4001プロジェクト

野村昌子 (地蔵寺)

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着物が素敵な野村昌子さんは、日本舞踊の若柳流をもう23年も続けてこられたそうです。

地蔵寺に生まれ、現在は地域のお仕事もたくさんされていて毎日楽しい日々なんだそうです。

 

 

 

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