鳥山百合子

 

 

山の人、町の人。先祖代々住む人、都会から越してきた人。猟師さん、農家さん、森の人、職人さん、商店さん、公務員…。

人口4,000人弱の土佐町にはいろいろな人がいて、いろいろな人生があります。

土佐町のいろいろな人々はどんな本を読んでいるのでしょうか?もしくは読んできたのでしょうか?

みなさんの好きな本、大切な本、誰かにおすすめしたい本を、かわりばんこに紹介してもらいます!

(敬称略・だいたい平日毎日お昼ごろ更新)

私の一冊

鳥山百合子

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「在来植物 高知嶺北F 」 山中直秋

いつもお世話になっている山中直秋さんが作った本「在来植物 高知嶺北F」。

山中さんが、高知県嶺北地域の野山に根を張る在来植物を探して道々を歩き、コツコツと撮影した写真が全5冊にまとめられています。これはそのうちの4冊目、8月から9月編です。ちょうど今の季節にいいなあと思い、こちらを購入しました。

ページを開くと「星みたいな形のあの黄色い花は、“ヒメキンミズヒキ”という名前だったのか!」とか「地面を這うように葉を巡らせていたのは、“スベリヒユ”っていうのか!」と、まるで大発見をしたような、懐かしい友達に会ったような気持ちになります。

これだけの植物と出会うために、山中さんは一体どれだけの時間を費やしてきたのでしょう。

いつも庭先から、新しく見つけた植物のことや今取り組んでいることを話してくれる山中さん。それはそれは楽しそうで、私は元気をもっています。

山中さん、素敵な本をありがとうございます!

 

*山中さんのこの本は、土佐町の青木幹勇記念館で購入することができます。
(青木幹勇記念館:〒781-3401 高知県土佐郡土佐町土居437 TEL.0887-82-1600)

 

 

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読んでほしい

三足の下駄

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今から50年ほど前に建てられたという家を片付けている。

瓦屋根で、和室が南に2つ、北に2つ並ぶ平家の家である。この家には大きなものから小さなものまで、山ほどの荷物が残っていた。洋服ダンスや布団、衣装ケースやマッサージチェア。人のことは言えないが、人が生きていく上でこんなにも荷物が必要なのかと思うほどだった。

納屋には皿鉢やお餅を並べるもろぶた、野菜を干すえびらや火鉢があり、納屋の隣にある壁には畑を耕す鍬や草刈り鎌がかけられている。

片付けていると、その人がどんな暮らしをしていたのかが感じられるものに出会う。

 

この家に住んでいたのは、最後にはおばあちゃん一人だったそうだ。お風呂や廊下、玄関には手すりが取り付けられている。手作りなのだろう、台所の作りつけの戸棚の扉の内側には「昭和47年○○製作」と黒いマジックで書いてある。「○○」はおそらく、大工だったという連れ合いさんの名前だろう。それはひとつやふたつではなく、茶箪笥の引き出しや玄関の靴箱の扉にも書いてあった。作った年と名前が書いてあるだけなのだが、その文字はそれ以上のことを語りかけてくる。

家の中には明かりが2つ付いた6畳の部屋がある。どんな部屋でも大抵そうであるように、ひとつは天井の真ん中についている。もうひとつは、縁側に面したその部屋の天井の隅についていて、紐を引っ張ると電気がつくようになっている。なぜひとつの部屋に明かりがふたつもあるのだろう。

その謎は、息子さんと話しているときに解けた。

おばあちゃんは洋裁の仕事をしていたのだ。和室の天井の隅から下がる灯りの元に座って、いつも仕事をしていたそうだ。なるほど、庭に面した縁側の隅には鉄製の足踏みミシンが置いてあったし、近くには小さな文机があって引き出しには色とりどりのマチ針や糸がしまわれていた。頼まれて着物を仕立てたりもしていたそうだ。

手元を照らしながらちくちくと針を進めていただろうおばあちゃんが、すぐそこにいるようだった。生きているうちにお会いしてみたかった。

 

靴箱を片付けていたら、奥から下駄が三足出てきた。それは女性用の下駄で、桐でできていてとても軽い。鼻緒の色は紅色やオレンジ、紫がかった桃色で、はっとするほど可愛らしい。きっとおばあちゃんが履いていたのだろう。

近所の人が言っていた。

「おばあちゃんは料理がとても上手な人で、よくおかずを持ってきてくれた。とてもようしてもらった」

おばあちゃんは、もしかしたらこの下駄を履いて近所を訪ねていたのかもしれない。

この下駄を、今度は私が履かせてもらおうと思っている。

 

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私の一冊

鳥山百合子

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「シュナの旅」 宮崎駿 徳間書店

「シュナの旅」は、宮崎駿さんがチベットの民話「犬になった王子」を元に描いた短編漫画。「風の谷のナウシカ」と同時期、1983年に出版されています。どうしてもナウシカと重ねて読んでしまうのですが、宮崎さんの根底に流れるものは、いつも揺るぎないのだとあらためて感じます。

黄金色の穀物の種を探して西の果てへと旅に出たシュナが、人の愚かさや醜さ、生きる厳しさと出会いながら何度も立ち上がり、自分の信じるものへと向かって歩いていく。

市場で売られていた少女・テアに出会い、最後、生きる希望を見出すシュナの姿は静かに胸に響いてきます。

「行くか 行かぬか それは そなたが決めることだ」

旅の途中に出会った老人が話す一言が心に残ります。

宮崎駿さんにとってこの漫画をアニメーション化するのがひとつの夢だったそうですが、今からでもぜひその夢を実現させてほしいです。

 

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私の一冊

鳥山百合子

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この本には日本を代表する詩人の方々のうたが収められているのですが、そのうちのひとつ、谷川俊太郎さんの「生きる」という詩がとても好きです。

私が初めてこの詩に出会ったのは、確か小学校6年生のときでした。ページの上に並んだ日本語の奥向こうに、どこまでも澄んだ空が続くような清々しさを感じたことを覚えています。(そのときは何と表現したらよいかわからなかったのですが、今思えば、こういう気持ちでした。)

知っている方も多いと思うのですが、ここに紹介します。

 

生きる  谷川俊太郎

生きているということ
今生きているということ
それはのどがかわくということ
木もれ陽がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみをすること
あなたと手をつなぐこと

生きているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ
そして
かくされた悪を注意深くこばむこと

生きているということ
いま生きているということ
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ

生きているということ
いま生きているということ
いま遠くで犬が吠えるということ
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ
いまいまが過ぎてゆくこと

生きているということ
いま生きているということ
鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ
人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ

 

それから過ごした何十年という時間のなかで、ふと、このページを開くときが何度かあり、そのたびに私は6年生のときに感じた気持ちを思い出していました。これまでの道のりにあったのは清々しさだけではありませんでした。でもそれでも、今、自分は生きている。生きていることはやっぱり素晴らしいことなのだ、という実感をこの詩は与えてくれます。

 

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お母さんの台所

アメゴ寿司 2日目

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2020年9月2日現在、とさちょうものがたりのネットショップで販売している「アメゴ」

前回紹介した「アメゴ寿司  1日目」に続き、今日は続編である「アメゴ寿司  2日目」を紹介します。作り方を教えてくれたのは、土佐町地蔵寺地区にある長野商店店主・長野静代さんです。

2日目は、一晩塩漬けしたアメゴを酢に漬けるところから始まります。

 

 

 

 

アメゴに寿司飯を詰めるところです。静代さんの華麗な手さばきをご覧ください。

私にとっての土佐町のお母さんであり、師匠でもある静代さん。お店を訪ねると、いつもおかずやお弁当、注文の品々を作っていて、休んでいる姿を見たことがありません。疲れたりしんどい時だってあると思いますが、お店の戸を開けて「こんにちは〜」と訪ねると、いつだって台所の奥から「はい〜」と応えながら、笑顔で「元気かよ?」と出迎えてくれるのです。今まで私は、静代さんのその姿に、いったいどれだけの力をもらってきたでしょう。

 

静代さんの手から生まれる美味しいものの数々は、静代さん自身が培ってきた知恵であり、生きるための術であり、そして、この町の文化でもあると思います。

 

 

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お母さんの台所

アメゴ寿司 1日目

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2020年9月2日現在、とさちょうものがたりのネットショップで販売している「アメゴ」

アメゴは塩焼きにして食べることが多いですが、アメゴには色々な調理方法があるのです。前回の「アメゴのひらき」「アメゴの刺身」に続き、今回は「アメゴ寿司」を紹介します。作り方を教えてくれたのは、土佐町地蔵寺地区にある長野商店店主・長野静代さん。

長野さんは高知名物「さば寿司」づくりの名人でもあります。昨年11月に高知市蔦屋書店で行った「とさちょうものがたり in 高知蔦屋書店」では、長野さんを講師として「さば寿司づくりワークショップ」を行い、多くの人が参加してくださいました。

今回は、川魚であるアメゴのお寿司の作り方を教えてもらいました。長野さんは「いいよ〜。できるよ〜」と快く引き受けてくださいました。

 

アメゴはとにかくヌルヌルするので、塩を振りながらさばいていきます。

 

血をきれいに洗い流すのは、なかなか大変な作業です。細い血管の中の血もきれいに除いていきます。

 

 

この塩加減によって、アメゴ寿司の味が変わってきます。長野さんはいつも目分量。「これくらい」という感覚を、私もいつか掴みたいものです。

 

 

ここまでが1日目の作業です。塩をしたアメゴを一晩冷蔵庫に置きます。

明日はいよいよアメゴを酢につけ、寿司飯を詰めていきます。

(「アメゴ寿司 2日目」に続く)

*長野さんのことを書いた記事はこちら

40年目の扉

 

*長野さんに教えてもらった皿鉢料理の一品、「季節の野菜の天ぷら」の作り方です。

皿鉢料理 その7 季節の野菜の天ぷら

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読んでほしい

秋の訪れ

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日中はまだまだ暑さが続いていますが、朝夕には虫の声が聞こえ、少しずつ秋を感じられるようになりました。

日が沈みかけた頃、いつもお世話になっている澤田清敏さんが「これくらいあったら栗ごはんができるろう」と、両手にいっぱいの栗を届けてくれました。

もう栗ですか!

驚きとともに受け取った栗は、さっきまで太陽の光を浴びながら土の上に転がっていたのでしょう。じんわりと温かく、小さな水滴もついています。

 

清敏さんは、かぼちゃとスイカを地面にどんと置き、「これも食いや!」。
ついさっき収穫したのか、かぼちゃのヘタからは汁が流れ出ています。かぼちゃもスイカもずしりと重い。太陽は偉大です。

秋なすと青ゆずがたくさん入った袋も手渡してくれました。

「青ゆずはまだ硬いき、絞れんきね。皮をすりおろして味噌汁に入れてみ!結構うまいで」
清敏さんはそう教えてくれました。

早速、夕ごはんの時に試してみました。

この日のお味噌汁の具は、オクラとえのき、豆腐。

青ゆずをすりおろすと、爽やかな空気が台所に広がりました。お味噌汁をお椀によそい、青ゆずを加えると、もうそれだけで、秋が体に染み渡ります。お味噌汁に青ゆずを加えるのが、しばらく定番になりそうです。

今ある食材を工夫して使い、毎日の食事を美味しく、ちょっと楽しいものにする。この地の人たちの知恵にいつも驚かされます。

その晩、指先に残る青ゆずの香りが、移りゆく季節の存在を静かに伝えてくれました。

 

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お母さんの台所

アメゴの刺身

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2020年8月27日現在、とさちょうものがたりのネットショップで販売している「アメゴ」

塩焼きにして食べることが多いですが、アメゴには実は色々な調理方法があるのです。先日は「アメゴのひらき」の作り方をお伝えしましたが、今回は「アメゴの刺身」を紹介します。

「アメゴは刺身で食べてもうまいで」と聞いてから、ぜひ食べてみたいと思い続けていた編集部。

何人かの方にお話を伺うと、天然のアメゴには寄生虫がいる場合もあるそうですが、養殖のアメゴはその心配がほとんどないとのこと。(でも念のため、食べる際には気をつけてくださいね。そしてお刺身を作るときには、新鮮なアメゴを使ってください。)

土佐町地蔵寺地区にある長野商店の店主・長野静代さんに、「アメゴの刺身」の作り方を教えてもらいました。

 

 

 

 

アメゴの刺身は歯ごたえがあってとても甘く、箸が止まらないほど。その美味しさは想像を超えていました。

昔は山の貴重なタンパク源だったというアメゴ。昔の人たちは、さまざまな調理方法を駆使しながらアメゴを味わってきたのでしょう。その知恵に頭が下がります。

次回は「アメゴ寿司」をお伝えします!

 

*長野静代さんのことを書いた記事はこちら

40年目の扉

 

*長野さんに教えてもらった山菜寿司の作り方はこちら

皿鉢料理 その5 山菜寿司

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お母さんの台所

アメゴのひらき

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2020年8月26日現在、とさちょうものがたりのネットショップで販売している「アメゴ」

アメゴは「渓流の女王」と呼ばれ、綺麗な水の中でしか生きることができない川魚です。栄養価が高い上に、皮目が香ばしく、ふっくらとした身が美味しい魚です。
土佐町に住む人たちは、幼い頃から保育園や地域のイベントで「アメゴつかみ」をし、まず塩焼きにして食べることが多いです。子どもたちは、その味を体に叩き込まれて大きくなります。土佐町の人たちのソウルフードのひとつと言っていいでしょう。

このアメゴには、実は色々な調理方法があるのです。

土佐町地蔵寺地区にある長野商店の店主・長野静代さんに、「アメゴのひらき」の作り方を教えてもらいました。

 

 

 

 

 

長野さんの「ひらきはうまいよ〜」という言葉の通り、アメゴのひらきは塩焼きとはまた違った、滋味深い味。少し手間はかかりますが、ぜひ試してみてくださいね。

次回は「アメゴの刺身」を紹介します!

 

*長野静代さんのことを書いた記事はこちら

40年目の扉

 

*長野さんに教えてもらった「さば寿司」の作り方はこちら

皿鉢料理 その2 さば寿司

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私の一冊

鳥山百合子

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「21世紀に生きる君たちへ」 司馬遼太郎 ドナルド・キーン監訳, ロバート・ミンツァー訳 朝日出版社

司馬遼太郎さんが子どもたちのために書いた「21世紀に生きる君たちへ」。国語の教科書にも掲載されています。

「君たち。君たちはつねに晴れ上がった空のように、たかだかと した心を持たねばならない。 同時に、ずっしりとたくましい足どりで、大地をふみしめつ つ歩かねばならない。私は、君たちの心の中の最も美しいもの を見続けながら、以上のことを書いた。 書き終わって、君たちの未来が、真夏の太陽のようにかがや いているように感じた。」

何度も読み返しては司馬さんの人間観、価値観を感じ、いつもお会いしてみたかったと思うのです。

 

話は少し遡りますが「とさちょうものがたりZINE04 山峡のおぼろ」が出た後、神山義三さんという方がとさちょうものがたり編集部に電話をくださいました。

「『とさちょうものがたりZINE04』を、著者である窪内隆起さんから送ってもらった。友人たちにも手渡したいから購入したい。送ってもらえるだろうか?」ということでした。

お話を聞くと、今は亡き奥様が入院中、義三さんは枕元で「山峡のおぼろ」を一話ずつ読んであげていたとのこと。「『今日はここまで。また明日ここから読もうね』と毎日楽しみに少しずつ読み進めていたんです。でも、全部読み終わる前に、亡くなってしまいました」と話してくださいました。

その亡くなった奥様が、神山育子さんでした。育子さんは小学校の先生で、司馬さんの「21世紀に生きる君たちへ」を日本で初めて授業で取り組んだ先生として、2000年に愛媛県で行われた「えひめ菜の花忌シンポジウム」に招かれました。そこには窪内隆起さんも招かれていて、司馬文学を21世紀にどう受け継ぐか、議論をしたそうです。

それがご縁で、義三さんと育子さん、窪内さんは長年手紙や電話でやり取りするようになったとのこと。

枕元でお話を読む義三さんの声に耳を傾けながら、育子さんは、懐かしい窪内さんの顔も思い浮かべていたことでしょう。

その風景が見えるようで、涙がこぼれました。

司馬遼太郎さんの編集者だった窪内隆起さんが書いてくださった「山峡のおぼろ」が、神山さんご夫婦と私たち編集部との新たな出会いを運んできてくれました。

この本を開くたび、窪内さんや義三さんや育子さんのことを思っては、ご縁の不思議さと尊さを思います。

 

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