
田に水が入り、夜にはカエルの声があちらこちらで響き渡る季節になった。
夕方、田んぼ近くを散歩をしていたら、10メートルほど前に立つ木の中から急にたくさんの鳥が飛びたった。その数多さに、何の木なのか近づいてみると、赤や紫の実をどっさりつけた桑の木だった。甘酸っぱい桑の実を食べ放題中のところ、私の足音に驚いて、鳥たちは慌てて逃げ去ったのだった。
桑の実は、赤いのはものすごく酸っぱい。紫色の実は熟して甘酸っぱくて、幾つでも食べられる。時々虫が潜んでいるので、食べる前には注意が必要だ。
大きいもので2センチほどの大粒の桑の実を取るべく手を伸ばしていたところ、木元の草むらから不穏な音が聞こえてきた。聞いたことのない、低く、何やら不気味な感じがする音だった。
「ぎゅぃ ぎゅぃ ぎゅぃ」
「ぎゅぃ ぎゅぃ ぎゅぃ」
「ぎゅぃ」と「ぎゅぃ」の間には一定の間がある。
一体どこから?と、恐る恐る草むらに近づいて見ると、目が合った。
1匹のカエルだった。
カエルの後には大きく口を開けたヘビが控えていた。カエルはヘビに下半身を噛み押さえられ、身動きが取れなくなっていた。上半身を動かして前脚を懸命に伸ばし、指を広げて草を掴むようにジタバタじながら、精一杯抵抗していた。諦めなのか、苦しみなのか、絞り出したような声が響く。
カエルの目は驚くほど、みずみずしかった。
ヘビはカエルを咥えたまま、ピクリとも動かない。少しずつ、「ぎゅぃ」という声の間隔が狭く、小さくなっていく。
カエルの顔は少しずつヘビに飲み込まれ、最後には開かれた指だけが残り、ついにそれも見えなくなった。
カエルの声はもう聞こえない。
ヘビは何事もなかったかのように、ただじっと、こちらを見ていた。



