
気に入った本、心に残った本は何度でも繰り返して読むほうだ。諳んじることができるほど読んだ本でも、新しい発見や以前とは違う読み取りに至ることもある。その時々の自分を俯瞰する視点ともなる。
文字が読めるようになってからはずっと傍らに本があった。絵本、幼年読み物、翻訳本、SF、推理小説…。物語ならジャンルにこだわらず、何でも読んだ。それは今でもあまり変わらないけれど、特に心惹かれるのは少年少女の成長物語。いわゆる“ビルドゥングスロマン”と呼ばれるジャンルである。
先日、久々に手に取った『テラビシアにかける橋』(偕成社)もその系統の本だ。初めて読んだのは20代初め、県立図書館子ども読書センター読書会の課題本だったように思う。
物語の舞台は、ベトナム戦争が終わって数年後のアメリカ南西部の田舎町。主人公の少年ジェシーはあまり裕福ではない家庭に育つ想像力豊かな男の子。ある日、都会から両親とともに近所に越してきた少女レスリーがクラスに転校してくる。新学期初日だけはどの子も晴れ着をきちんと着てくるというのに、レスリーは色あせてちょん切ったジーパンに、ブルーのアンダーシャツでやってきてケロリとしている。休み時間の過ごし方や弁当も一風変わっていて、ジェシーたちの生活にこれまでとは違う価値観を持ち込むレスリー。
ほどなくして親しくなった二人は、川向うにある一角を“テラビシア”と名付け、二人だけの秘密の場所にする。そこでジェシーは思う存分に想像の翼を広げ、自由にのびのびと誰にも遠慮することなく過ごす喜びを知る。生活に追われる両親には顧みられず、女ばかりの姉妹の中で疎外感を感じていたジェシーにとって、レスリーと過ごすテラビシアでの時間は何物にも代えがたい、かけがえのないものだった。
ジェシーが常に感じていた閉塞感やレスリーの登場とともに徐々に変化していく心の動きが繊細かつ丁寧に描かれている。しかし、私にとってこの物語が忘れがたい作品となっているのは、突然主人公を襲う厳しい現実。日常に無遠慮に入り込んでくる“死”の描き方だ。
初めて読んだとき、どうしても最後が受け入れられず、読後感は最悪の一言。読書会でもどうしてこんな最後にしたのだろうかと訴えた覚えがある。ならばもう読まなければよいのに忘れることができず、読み返しては涙にくれるのだった。
ところが今回初めて、このラストしかなかったのだと素直に受け入れることができた。突然に巻き込まれる災害や戦争などで、命ははかないものであること、明日の幸福は決して約束されていないことをやっと受け入れることができたからかもしれない。
万人向けとは言えない児童文学だが、私にとってはかけがえのない一冊だ。これからも読み継いでいってもらえたらと願っている。




