
先日、どんぐりのシルクスクリーン・チームをご紹介しました。
今日は大豊町から来てくれている。大豊町の障がい者支援施設「ファースト」のチームです。(正式名称は「就労継続支援B型ワークセンター ファースト」)
左から、保口愛さん・大尾剛くん・西山博子さん。保口さんが職員の方で、大尾くん西山さんがメンバーさんです。
毎週2、3回、午前中の数時間をとさちょうものがたりの作業場にて一生懸命ものづくりに取り組んでいただいている「チーム・ファースト」なのです。
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土佐町の現在の人口です。(2017年6月末時点・土佐町公式サイトによる)
注:土佐町の総人口が3,997人(2017年4月末時点)から4,001人(6月末時点)に増加したことに伴い、当プロジェクト名も「4,001プロジェクト」に変更になりました。
“4,001プロジェクト”は土佐町に住む人々を、全員もれなく、写真家の石川拓也が撮影する計画。
念のため書いておくと、「全員もれなく」…あくまで目標です。
土佐町の人口の増減によって、タイトルもたまに変わります。 (敬称略・撮れたときに不定期更新)

先日、どんぐりのシルクスクリーン・チームをご紹介しました。
今日は大豊町から来てくれている。大豊町の障がい者支援施設「ファースト」のチームです。(正式名称は「就労継続支援B型ワークセンター ファースト」)
左から、保口愛さん・大尾剛くん・西山博子さん。保口さんが職員の方で、大尾くん西山さんがメンバーさんです。
毎週2、3回、午前中の数時間をとさちょうものがたりの作業場にて一生懸命ものづくりに取り組んでいただいている「チーム・ファースト」なのです。

中島地区の地区長をされている山中泉夫さん。
中島生まれの中島育ち、中島という地区をずっと大切にされている方です。
長く郵便局員としてお仕事をされていたそうで、おそらく町の隅々までご存知と思います。
現在、土佐町役場の若手職員たちが挑戦中の「中島観音堂クラウドファンディング」、地区長の泉夫さんもテレビの取材などで多々動き回っていただいています。
この撮影はその中島観音堂の前にて。聞けば中島観音堂の掃除や草刈りなども何十年と泉夫さんがされてきているそうです。本当の意味で「地域を守る」ということの一端を教えていただいたような気がしました。
クラウドファンディングも残りわずかです。こちらもよろしくお願いします!

この4人がとさちょうものがたりが一緒にシルクスクリーン事業を進めている誇るべきチームです。
右から筒井孝善さん、石川寿光さん、川井希保さん、重光通子さん。
筒井さんは土佐町の障がい者就労支援施設「どんぐり」の職員。寿光さんと希保さんがどんぐりのメンバー、重光さんは現場のお手伝いに来ていただいています。
この4人の手を通して、シルクスクリーン事業のものづくりが日々進行しています。
土佐町オリジナルポロシャツなどを町で見かけたとき、このチームのことを思い出していただけたら嬉しいです。(*大豊町ファーストも一緒に作っていますので後日紹介します)

地蔵寺の地蔵堂の前での一枚です。
野村昌子さんと中岡孝衛さん、両人とも地蔵寺の地元の方で、地蔵堂を大切に守ってきたお二人です。
土佐町オリジナルポロシャツ、今年度のバージョン背中の絵柄は「阿吽の大龍」。
絵のモデルとなったその龍の頭像があるのが地蔵寺の地蔵堂です。
地蔵堂と、頭像を製作した宮大工の西村福蔵さんのお話を伺いたくて、ある晴れた昼下がり地蔵堂の前で会っていただきました。

お住いは相川の上田隆俊さん。嶺北観光のバスのドライバーをされています。
この写真を撮影したのは、朝6時55分、黒丸からバスが出発する間際の時間です。
このバスは毎朝黒丸を出発し、南川などを通りながら乗客を載せ、田井、そして本山町まで走ります。
嶺北観光のドライバーさんは前日の夕方に黒丸に到着し、宿泊所で一泊、そして翌朝こうして黒丸の乗客を迎えます。
町の人の大切な移動を支えている方々の一人が上田隆俊さんです。

地蔵寺出身の西村郁也さん。この日は、郁也さんのお父さんである福蔵さんのお話を伺いに地蔵寺にて会っていただきました。
郁也さん自身も大工さんですが、福蔵さんは地蔵寺の宮大工を勤められていた方。
とさちょうものがたりがどんぐりやファーストと一緒に作っている土佐町オリジナルポロシャツ、今年の背中の絵のモチーフになったものが、福蔵さんが作った地蔵堂の阿吽の大龍です。
福蔵さんが長年住まい、郁也さんも育った地蔵寺のお家の前で撮影させていただきました。
土佐町オリジナルポロシャツは以下の記事から。販売中です!

田井の旅館「冨士見館」の高橋信子さんと英理子さん。
とさちょうものがたりの企画のゲストが来町した際には毎回のようにお世話になっています。
今回この撮影を機に、冨士見館の歴史を教えていただきました。
冨士見館は大正5年(!)開業。信子さんはその4代目女将。
車のなかった昔は、行商人や馬車曳きの人々が、大川村や本川村の行き帰りに宿泊していったそうです。
その時代はお風呂屋さんも兼ね、お風呂を焚く(もちろん薪風呂でしょう)専門の人も雇っていたという面白いお話も聞かせていただきました。
「冨士見館」という名前の由来は2通りあって、
①初代女将の名前が「婦地(ふじ)」さんだったという説
②石鎚連峰の伊予富士が遠くに見える場所だった説
どのお話もその長い歴史を感じさせるものばかりで、数え切れないぐらいたくさんの人々の想いが詰まった場所なのでしょうね。

僕(石川)の自宅から徒歩15秒のところに住んでいる山下一弘さん。
ある日歩いてスエヒロに向かっている時に、お庭でなにやらしている一弘さんと出会いました。
その時は手ぶらだったのですが、すぐさま自宅に戻り(なにしろ徒歩15秒の距離なので)、カメラを持ってきて撮影させていただきました。
お庭で火を焚いて煮ていた鍋の中身は里芋だそうです。

とさちょうものがたりが長年に渡りお世話になっている上津川の高橋通世さん。
これまで「撮影協力」として多くの記事にお名前を記載させていただきました。
通世さんは山の人。猟に連れて行ってもらったり、ハチミツの収穫を体験させてもらったり、本当に多くのことを教えていただきました。
絵描きの下田さんが土佐町を訪れた際に、愛犬のビーグル輝さんと一緒に撮影しました。犬小屋付近に見える後ろ姿は夏さんです。

上ノ土居の高石清賢さんとご家族です。
撮影したこの日は記念日。2月23日に、上ノ土居の集会所で清賢さんの還暦のお祝いをしました。町の内外からすごい人数が集まってワイワイと盛り上がっていました。会の合間にご家族に出てきていただいて撮影した一枚です。
清賢さんがこれまで歩んできた道が垣間見えた会でもありました。