嶺北高校カヌー部の挑戦

嶺北高校カヌー部の挑戦

Vol.6 嶺北高校カヌー部の練習

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「夏にはみんな見違えるように巧くなっているよ」

何度も転覆を繰り返していた女子生徒が目にとまる。どうやら1年生のようだ。ラヨシュが元世界チャンピオンだって知ってる?

「もちろん! 嶺北高校に入学したらカヌー部に入ろうって思ってたんですけど、ラヨシュがコーチに就任すると聞いて、『そんな凄い方に教えてもらえるなら絶対に入部しなきゃ!』って、凄い楽しみにしてたんです」
ずぶ濡れになりながら、目を輝かせる。若さってまぶしいなあ……。

ところでラヨシュは日本語が話せないし、英語で指導を受けることになるんだけれど、そのへんはだいじょうぶ?
「がんばります!」
彼女はパドルの持ち方をアドバイスされていたが、ボディランゲージを交えつつ、つつがなくコミュニケーションをとっていた。

この積極性があれば、カヌーだけでなく、英会話のスキルも上達していくだろう。

 


「彼らはビギナーだけど、私にとってはそのほうが教えやすい。道具は足りないものもあるけど、手直ししながら徐々に増やしていけばいい。問題ないですよ」
この日の指導は30分ほどと短かったが、ラヨシュも生徒たちも、手応えを感じた様子であった。

「これまでも練習時間は短かったの!? 授業が忙しいのは分かるけど、それじゃあダメだ! もっと増やさないと! なんなら早朝練習も始めようか……」
独りごちるラヨシュに、顔を引きつらせていた生徒がいたことは見逃せないが、案ずることはなかろう。呂蒙いわく「士別れて三日なれば刮目して相待すべし」というではないか。

ラヨシュも、こんな言葉を残していた。
「今は転覆を繰り返している生徒だって、夏が来るころには見違えるように巧くなっているはずだよ」

文:芦部聡 写真:石川拓也

 

書いた人:芦部聡

1971年東京都生まれ。大阪市在住。『Number』『NumberDo』『週刊文春』などに寄稿し、“スポーツ”“食”“音楽”“IT”など、脈絡なく幅広~いジャンルで活躍しているフリーライター。『Number』では「スポーツ仕事人」を連載中。長年敬愛してきた元阪神・オリックス監督の岡田彰布氏と共に、メルマガNumber『野球の神髄~岡田彰布の直言』を配信中。

 

嶺北高校カヌー部の挑戦

Vol.5 嶺北高校カヌー部の練習

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挨拶だけの予定が、いつの間にやら……。

夕方4時過ぎに吉野川に到着すると、ラヨシュは真っ先に艇庫に向かい、真剣な顔でチェックしている。苦い表情から察すると、なにか問題があるのだろうか。

「うーむ、このパドルの角度だと水をうまくキャッチできないから漕ぎにくいだろうに……。近いうちに熱で曲げて改良してあげよう」

カヌーのコンディションをチェックしていると、授業を終えたカヌー部員たちが吉野川にやってきた。

今年度からカヌー部の指導教員となった渡辺伸先生が、生徒たちにラヨシュを紹介する。

じつは渡辺先生は高知県カヌー協会理事長を務め、小中学生のためのカヌー教室でコーチも務めるカヌーイストだ。

「私もラヨシュさんに教えていただきたいぐらいです」と謙遜するが、腕利きのコーチふたりの指導を受けられるカヌー部の生徒たちは、とても恵まれている。

この日はあくまでも顔合わせ。

直接指導するのは翌日からという予定だった。

ラヨシュも「今日はきみたちが漕ぐところを見るだけ私は何も言わないから、いつも通りに練習してください」と話していた。


だが、5分ほど練習を眺めていると、「そこのきみ! 足をもっと踏ん張ってバランスをとるんだ!」と口を出し始める。

そのうち靴を脱ぐと、ズボンの裾をまくりあげ、川の中に入って手取り足取り教え始めた。

カヌーのことになると、いてもたってもいられない性分なのだろう。その指導ぶりはどの生徒に対しても真剣かつ熱心だ。

 

文:芦部聡 写真:石川拓也

書いた人:芦部聡

1971年東京都生まれ。大阪市在住。『Number』『NumberDo』『週刊文春』などに寄稿し、“スポーツ”“食”“音楽”“IT”など、脈絡なく幅広~いジャンルで活躍しているフリーライター。『Number』では「スポーツ仕事人」を連載中。長年敬愛してきた元阪神・オリックス監督の岡田彰布氏と共に、メルマガNumber『野球の神髄~岡田彰布の直言』を配信中。

嶺北高校カヌー部の挑戦

Vol.4 元世界王者が受けた“高い、高い”の洗礼!?

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ハンガリーから嶺北にやってきたラヨシュは、ポップスターのごとき歓迎を受けていた。

高知のローカルテレビ局がラヨシュの一日を密着したのだが、早明浦ダムで新人アナウンサーにカヌーを指導したのは理解できる。なぜならラヨシュは元世界チャンピオンだからだ。

何度も転覆し、4月下旬の冷たい湖水でずぶ濡れになったアナウンサーはブルブル震えていたが、それもまた仕事である。

 

早明浦ダムのつぎは、別のテレビ局のクルーが土佐町の保育園で撮影するという。

番組のディレクターは、地元の子供たちと遊ぶシーンによって、ラヨシュの暖かい人柄を視聴者に伝えたかったのだろう。その意図は理解できるが、ちびっ子はそんな事情など知る由もない。

それでも屈託も遠慮もない彼らは「力持ちのおっちゃんが来たぞ! これ幸い!」とばかりに、“高い、高い”をせがむ。

ラヨシュは戸惑いながらも律儀に子供を持ち上げている。いい人だなあ……。

 

 

「子供は好きだけど、カヌーを漕ぐより疲れるね」と苦笑いするが、この日のメインイベントは、彼がこれから指導する嶺北高校カヌー部の生徒たちとの初顔合わせだ。

保育園をあとにしたラヨシュは、車に乗り込みカヌー部の練習拠点がある吉野川に向かった。

 

文:芦部聡 写真:石川拓也

 

書いた人:芦部聡

1971年東京都生まれ。大阪市在住。『Number』『NumberDo』『週刊文春』などに寄稿し、“スポーツ”“食”“音楽”“IT”など、脈絡なく幅広~いジャンルで活躍しているフリーライター。『Number』では「スポーツ仕事人」を連載中。長年敬愛してきた元阪神・オリックス監督の岡田彰布氏と共に、メルマガNumber『野球の神髄~岡田彰布の直言』を配信中。

 

嶺北高校カヌー部の挑戦

Vol.3 ラヨシュの話

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さめうらダム湖

 

「しばらくしたら『じつは日本でコーチを探しているところがあるんだけど、行ってみないか』という連絡があった。

話を聞いたら、競技レベルはそれほど高くない、高校の生徒たちに教えてくれという。

私もコーチ1年生みたいなものですし、スタイルが固まっている上級者よりも、まっさらな初心者のほうが素直に言うことを聞いてくれるだろうし、教え甲斐もある。

高知県のこと、嶺北のことは何も知らなかったけど、一も二もなく日本行きを決めましたね」

こうして元世界チャンピオンが、嶺北にやってくることになったのだ。カヌーを愛する大男のフットワークは極めて軽い。

 

「水に恵まれた嶺北はカヌーのための環境はそろっている」

嶺北での拠点となる土佐町に居を構えたラヨシュは、さっそく早明浦ダムにハンガリーから持ってきたカヌーを浮かべ、力強くパドルを漕いだ。

「カヌーは水がなければ始まらないスポーツですが、嶺北にはダムがあって川がある。水に恵まれた嶺北はカヌーを練習する環境はそろっていますね。

嶺北高校の生徒たちだけでなく、いずれ子供たちのカヌー教室を開けたら楽しいでしょうね。

そうやって徐々にカヌーに親しんでくれる人たちを増やしていけたらいいんじゃないかな」

昨年のリオ五輪男子カヌーカナディアンシングルスラロームで日本人初の銅メダルを獲得した羽根田卓也選手がいるように、東アジアにおける日本の競技レベルは決して低くはないが、いかんせんヨーロッパに比べると絶対的な選手層が薄い。

老若男女を問わずカヌーを楽しめる環境が整備され、また指導者にも恵まれたヨーロッパと日本とでは、競技人口に差が生じるのは致し方がない。

だが、ラヨシュが言うように、子供たちが水に親しみ、カヌーに触れる機会が増えることによって、いずれは強豪国に肩を並べる日がやってくるかもしれない。

 

 

「とにかくカヌーを楽しむこと。まずは楽しさを知らなければ、ハードなトレーニングをやる気になんてならないでしょう。もしも今後、本格的に選手を目指す子供たちが出てくれば、私も喜んでサポートするつもりです」

嶺北高校カヌー部の生徒たち、とりわけ今年4月に入部した1年生の多くは、カヌーを漕ぐのはうまれて初めてという初心者だ。

ラヨシュを通じてカヌーの楽しさを知ることが、最初の一歩となるのだろう。

「ハンガリーから家族を呼び寄せる予定ですし、私も嶺北の一員になるつもりでチャレンジしていきます」

ハンガリーからやってきた元世界チャンピオンと、カヌー初心者の嶺北高校の生徒たち。彼らはこの嶺北にどんな変化をもたらしていくのだろう。

文化とは一朝一夕でできあがるものではないが、嶺北高校カヌー部がその礎となることは疑いようがない。

(敬称略)

つづく

文:芦部聡 写真:石川拓也

書いた人:芦部聡

1971年東京都生まれ。大阪市在住。『Number』『NumberDo』『週刊文春』などに寄稿し、“スポーツ”“食”“音楽”“IT”など、脈絡なく幅広~いジャンルで活躍しているフリーライター。『Number』では「スポーツ仕事人」を連載中。

 

嶺北高校カヌー部の挑戦

Vol.2 ラヨシュの話

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「私が学生のころ、地元にハンガリーの代表チームが練習にやってきたことがあった。街のみんなが選手たちにサインをねだったものです。もちろん私もね! 私にとっては代表チームの選手はヒーローのような存在でした」

 

カヌーイストとしてのラヨシュの経歴はじつに華々しい。2001年に4人乗りのK-4 1000mスプリントでハンガリーチャンピオンに輝き、2006年には世界大会で優勝した。子供のときに憧れていたヒーローに、自分がなったわけだ。

 

「背中を痛めてしまって、オリンピックには出られなかった」が、その後もトルコの代表チームに請われてパドルを漕ぐなど、ハンガリー国内外で活躍した。2015年に現役を引退し、2016年には韓国代表チームのコーチに就任。代表チームに帯同し、韓国じゅうをまわった。

 

さめうらダム湖にて練習するラヨシュと佐田野(さだなお)

 

「韓国でコーチとしてのキャリアをスタートしたわけですが、代表選手というのは多かれ少なかれ自分のスタイルを持っている。練習方法にしても、パドルの漕ぎ方にしてもね。チームとしての指導方針もカッチリ決まっていたし、私が出る幕は少なかったなあ……。

 

韓国料理は口に合ったし、文化的にも興味深かいものはあったけど、家族と離れてのホテル暮らしにも疲れたし、いったんハンガリーに帰ることにしたんです」

 

「日本でコーチをしたいと思っていた」

むずかしさを感じた1年だったが、コーチングへの熱意は消えなかった。

「ハンガリーでコーチをやることも考えたけど、韓国で1年やってみて、外国で暮らすことのおもしろさも体験した。それならば、次は隣国の日本に行ってみたいと思ったんです。それで日本カヌー連盟のスタッフに選手時代からの知人がいるので、『日本でコーチの仕事がないか?』と尋ねてみた」

ラヨシュが日本行きを模索していたのと時を同じくして、嶺北高校カヌー部の生徒たちを指導してくれるコーチの招聘を、土佐町関係者が日本カヌー連盟に打診していた。

タイミングがぴったり重なったのである。

(敬称略)

つづく

文:芦部聡 写真:石川拓也

 

書いた人:芦部聡

1971年東京都生まれ。大阪市在住。『Number』『NumberDo』『週刊文春』などに寄稿し、“スポーツ”“食”“音楽”“IT”など、脈絡なく幅広~いジャンルで活躍しているフリーライター。『Number』では「スポーツ仕事人」を連載中。

 

嶺北高校カヌー部の挑戦

Vol.1 ラヨシュがやってきた

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Lajos Gyokos | ラヨシュ・ジョコシュ

 

受け継いできた伝統を大事にしながら、新しい視点を尊重し、さらに融和を図るというのは、簡単そうに思えてじつは難しいことだ。

縁もゆかりもない土地に移り住んできた移住者たちのフットワークの軽さもたいしたものだが、彼らを積極的に受け入れている嶺北の人々は懐が深いのだろう。

異なる価値観が交わったとき、そこには新たな文化が発展する土壌がつくられる。

2017年4月から土佐町で暮らし始めたラヨシュ・ジョコシュも、嶺北に移り住んだひとりだ。1980年6月4日うまれの37歳。中央ヨーロッパに位置するハンガリーからやってきた。

ハンガリーは、西はオーストリアとスロベニアに接し、北はスロバキア、東がウクライナにルーマニア、南はセルビアとクロアチアに囲まれた内陸国で、日本との時差はマイナス7時間。

日本からの直行便はなく、成田空港からだとヨーロッパ経由で約16時間から20時間前後かかる。
はるか遠きハンガリーからラヨシュがわざわざ嶺北にやってきたのには、もちろん理由がある。
この地にカヌー文化を根付かせるために、はるばるやってきたのだ。

 

「ハンガリーではカヌーは国民的スポーツ」

「ハンガリーではカヌーは国民的スポーツなんです。街ごとにカヌークラブがあって、私も小学生のときにカヌーを始めました。

私が入ったクラブでは、最低でも200メートルを泳げないとカヌーに乗せてもらえなかったから、まずはドナウ川でスイムをマスターするところから、私のキャリアはスタートしたんですよ(笑)」

(敬称略)

つづく

文:芦部聡