あの日の手の感触は今でも覚えている。
しっかりとした厚みのある、温かい手。
「また来年も一緒にぜんまいの仕事、しましょうね」
そう言いながら手のひらで私の手を包んでくれた時、涙がこぼれた。
2年前の春のことだった。
土佐町の平石地区を車で走っていた時、ふと栗ノ木地区へ行ってみようと思いたった。平石と栗ノ木は隣同士なのだが、栗ノ木地区へは数年前に一度行ったきりだった。なぜこの日に行ってみようと思ったのかはわからない。今思えば、呼ばれていたのだと思う。
栗ノ木へ向かう道に伴走するように流れる水は浅く穏やかで、春の光が柔らかな若葉を照らしながら水面を輝かせる。小さな橋を渡り、車一台やっと通れるほどの山道を上っていきながら、こういった名のない脇道がこの地の風景を作っているのだなと感じる。
突然、満開の八重桜が目に飛び込んできた。それは山道のカーブ沿いに等間隔に植えられていて、上ってきた人を「よくきたね、いらっしゃい」と迎えてくれているかのようだった。山深いこの場所に誰かが桜を植えたのだ。それはこの山で暮らす人がいるという証であり、山の中で感じるちょっとした心細さを慰めてくれた。
立ち並ぶ杉の間から溢れる光が落ちる道。しっとりと苔蒸した道。
目の前に現れる道々は表情をくるくると変え、いつも新しい。
進んでいった先に広がる風景に思わず息を飲んだ。目の前の山一面、上から、下から広がるゼンマイ畑がそこにあった。
しばらく呆然としていたのだと思う。はっと我に返ると、ぜんまい畑の真ん中で見守っているかのように、一本の太い桜の木が枝を広げ、薄い桃色の花を咲かせて立っていることに気づいた。こんなに美しい春の風景を今まで見たことがなかった。
近くにある一軒の家は日を浴びて白く光り、その隣の小屋の煙突からはもくもくと白い煙が上がっていた。
人の気配がする。
私はこの場所で伊勢喜さんに会ったのだった。
(「四月の晴れた日に その2」に続く)