「台風がきた!」
そう言いながら、ベランダにいた私のところへ飛び込んで来た5歳の娘。
ゴォォォォォー。ゴォォォォォーー。
横なぐりの雨が何百本ものまっ白い線となって、上からも横からもしぶきをあげる。
風に押されて横へ、横へ、横へ。
白い幕をゆっくりと引いていくようにあたりの風景を隠していく。
目の前の山の栗の木も柿の木も、杉も桜も竹もなんだかわからない木も、ぼさぼさになりながら枝をわっさわっさと揺らし、葉も草もあっちを向いたりこっちを向いたりひっくり返ったりしながら、なんとかみんな地面とくっついている。
「台風がきた!」
娘が顔を隠す。
ゴォォォォォー。ゴォォォォォー。
風が地面を這うようにうなり声をあげながら、山の向こうから追いかけてくる。
あの山のあの人たちは、みんなどうしているだろう。
あとからやって来た息子が外を眺めながら言った。
「明日は栗がいっぱい落ちてそうやな。」
息子はこの時期、毎朝、バケツと火ばさみを持って山へ栗を拾いにいく。
「今日は23個やった。」とか「いくつあったと思う?67個!」といつも嬉しそうにバケツの中身を見せてくれる。
明日はもしかして100個以上になるんじゃないだろうか。
屋根に叩きつける雨音で長女が「すごい雨やね。」と目を覚ます。
「明日早起きして、栗、拾おう。」そう言いながら眠った息子。
「台風が来た!」と走って来た娘。
子どもたちは、こんな台風の日の風も雨も音も、風に揺れていた栗の木のことも、きっと心のどこかに住まわせながら大きくなっていくのだろう。