時は遡り、2009年(平成21年)のこと。
土佐町の6つの小学校が一つに統合され、新しく「土佐町小学校」が誕生しました。その際に新しく建てられたのは、地元・嶺北の木を使った木造校舎。学校の中は木の香りで満ちています。
「嶺北」とは、高知県の土佐町・本山町・大豊町・大川村の三町一村を表す地域の名称。山に囲まれた嶺北地域の各町村にとって林業は主要な産業の一つであり、地元の木を使おうという動きも盛んです。ちなみに、土佐町役場庁舎にも嶺北の木がふんだんに使われています。
▪️1年生への贈りもの
毎年4月、土佐町小学校へ入学する1年生一人ひとりに、町からプレゼントが贈られます。
それは、土佐町の職人さんが作った机と椅子!
もちろん嶺北の木でできています。
木で作られた自分の机と椅子を前にした1年生は、本当に嬉しそうで誇らしげ。入学時にピカピカだった机と椅子は、6年間の子どもの成長と共に傷がついたり汚れたり、時には落書きされたりして、風格を漂わせるようになります。まさに、子どもたちの6年間を共にする相棒なのです。
▪️きっかけは林業の低迷から
一年生の子どもたちへ机と椅子を贈る取り組みは、2003年(平成15年)頃から始まりました。その頃、高知県は林業の低迷期。当時土佐町長だった西村卓士さんは、木材を少しでも有効活用できる方法はないかと考えていたそうです。
「土佐町の建具職人だった澤田秋良さんから、“学校の机と椅子を嶺北の木で作ったらどうか?”という提案があった。子どもたちに木のぬくもりを味わってもらいたいと思っていたので、それはとても良いことだと思った。秋良さんがいたから、この机と椅子が実現したんじゃ」
澤田さんは、子どもたちが6年間使い続けることができるよう、高さを変えられる机と椅子を設計しました。
「机と椅子には、6年間の子どもの気持ちが染み込んぢゅうきねえ。記念にもなるように、自分が使った机と椅子を持ち帰ることができるようにしたんじゃ」
西村さんは、当時のことを懐かしそうに話してくれました。
西村さんのお孫さんも机と椅子を持ち帰り、今でも大切にしています。
土佐町の職人さんが地元・嶺北の木で作った机と椅子を、町の子どもたちが使う。これは、林業を生業としてきた土佐町ならではの取り組みです。(この取り組みには、現在、高知県の「木の香るまちづくり推進事業」の補助金が使われています。)
▪️土佐町の職人さんが作る
この机と椅子の生みの親である澤田秋良さんが亡くなった後、土佐町の田井木工が製作を引き継ぎ、現在は建具職人である山中晴介さん(山中製作所)が机と椅子を製作しています。山中晴介さんは「土佐町ベンチプロジェクト」でベンチを作ってくれた職人さんです。
3月のある日、山中さんの作業場へ伺いました。
この日、机の高さを調節する板がスムーズに動くかどうか調整をしていました。
机の高さを調節する板は、2枚の板の間に「できる限りかっちり綺麗に入るのがいい」そうですが、板を動かすには隙間も必要です。でもその隙間がありすぎても板がグラグラと動いてしまう。使う人が動かしやすいように微調整を繰り返します。
「微妙なほぞの効かし塩梅が木工の一番難しいところやき。なかなか面倒いところなが」
山中さんはそう言いますが、妥協は一切ありません。
その隣では、木工の仕事をしている三瓶駿さんが、机の脚をカンナで削って面取りをしていました。そして、ヤスリを巻いた小さな木片で机の脚の角をひとつずつを丁寧に削ります。子どもたちが安心して使うことができるよう、細部にも配慮が行き届いています。
▪️こだわりは「柾目」
「外から見える部分には、柾目を使っている」と山中さんは教えてくれました。
柾目は、丸太の中心に向かって直角に挽いた時に現れる木目のこと。反りや収縮などの狂いが少なく、見た目もきれいであることが特徴です。
椅子の高さを調節する部分には4つの板が並んでいます。それぞれの板の穴の高さを揃えて一本のボルトを通し、両端をナットで締めることで高さを調節するのです。ナットは、子どもに当たっても引っかからないように先が丸いタイプのものを使っています。
こういった一見気づきにくい部分は、製作する人の考えが表れるところでもあります。この机と椅子のあちこちには、職人・山中さんの思いが込められています。
「気づいてくれちゅうかは知らんけどね」
山中さんはぼそっとそう言って、笑うのでした。
▪️土佐町ならではの贈り物
この後、机と椅子はさらに組み立てられ、塗装されます。
塗装が終わった机と椅子は、3月末に土佐町小学校へ届けられました。入学式の日、今年の一年生も自分の机と椅子を目の前にして、胸を踊らせたことでしょう。
土佐町小学校の子どもたちが使う机と椅子は、土佐町の職人さんによって作られています。
この町が山の資源に恵まれ、作る職人さんがいるからこそできることです。その小さな循環を成立させることは実はとても難しい。それができる環境は今の世の中でとても貴重です。
土佐町で育った子どもたちが大人になった時、日々そばにあった木の机と椅子を懐かしく思い出すことがあるでしょう。
その贈り物の向こうには、この町や子どもたちを大切に思う人たちの存在があったのです。