小学校高学年のころだっただろうか。家で昼寝から目が覚めると、いるはずの母親の姿が見えず(たぶん近所に買い物にでも行っていたのだと思う)、それに気づいた妹が隣で泣いている。僕はぼんやりした頭で、この状況を兄として理解しようとしていた。強い西日の眩しさが切なかった思い出がある。
そんな体験をしているからか、自分の子どもたちが目覚めたとき、顔が見えるところにいて声を掛けてあげたいと思ってる。朝一番に起きるのは大抵僕だから、目を擦りながら布団から出てくる彼らに「おはよう」と挨拶する。返ってくる返事で一番好きなのは「お腹空いた」。僕は「はいはい」と味噌汁を温めなおす。次々起きてくる家族の表情を見、会話しながら、体調はどうか、気分はどうかとチェックする。
僕は、たまに夜中に目が覚めて、そのまま眠れなくなることがある。そんなときは無理に寝ようとせず、起きたままでいることも多い。家族の寝息を聞きつつ、彼らの顔をまじまじと観察する。天使の寝顔、とまではいかないけれど、どの顔も愛おしいく抱きしめたい表情をしてる。冒頭の場面が頭に過ぎり、ずっと側に居てやるからな、と思う。子どもたちは、いずれ親の元を離れてしまう。その日までに僕は彼らに何ができるだろうか、と考えるとますます目が冴えるのだった。