「風の谷のナウシカ」 宮崎駿 徳間書店
ご無沙汰しております、ゆかりです。今回書こうとしている物語が、あまりにも超大作、且つ、長編の名作で二の足をふんでおりました。作者の有名さもさることながら、ある映画の原作でもあります。
「風の谷のナウシカ」、原作漫画は宮崎駿。実は映画にするため原作として漫画を書いたのですが、映画は原作7巻の内2巻までの内容しかありません。更にその2巻の内容と映画とはほぼ別物です。「風の谷のナウシカ」のアニメはほとんどの日本人が1度は目にしたことがあるでしょう。しかし、原作は?どうでしょう。読んでみてわかったことは、とにもかくにも、宮崎駿氏という物語りの紡ぎ手は(他の作品群もそうですが)、膨大な知識に基づく想像力と激情といったエネルギーの坩堝なのだということです。
今回は自分でこれを書くと決めたものの、胸がいっぱいになりすぎてまとまりません。ですので「風の谷のナウシカ」という1つの物語を私なりにわけて書いていきたいと思います。今回は1巻と2巻です。
ジブリ作品の特徴のひとつだと思いますが、どんな端役の人物にも人生を歩んできたという描写があります。それは死に際の声であったり、目付きであったり、言葉で説明するよりも雄弁に人柄を表現します。主人公であるナウシカの描写は、まるで著者が彼女自身になったかのように克明に描写されます。そのため読者もナウシカ自身になったかのように怒りに燃え、喜び、慈しむことができるのだろうと思います。「風の谷のナウシカ」についての世界観は大体分かると思いますので、割愛します。ですが、現存する菌類・粘菌の生態や、自然のサイクルをモデルにした"腐海"と、中世ヨーロッパぐらいの文化度という世界観も、読者に違和感を与えず物語に没入させる物語のつくりだと思います。
「風の谷のナウシカ」の中に、私の好きなシーンはあまた星のごとくありますが、1巻ではP49からp67あたりが、かなり濃く印象に残っています。このシーンのポイントは"ナウシカが己のもつ感情の激しさに気づいたこと"なのではないでしょうか。P61で剣を構えるナウシカを見てユパは以下のように表現しています。"これがあのナウシカか……攻撃衝動にもえる王蟲のようにのように怒りで我を忘れている"。腐海を愛で、風の谷の住民を愛す心優しい彼女を知り、彼女の師でもあるユパにとって相当な衝撃だった事が、表情からも見受けられます。そして次のページで、彼女はトルメキアの重装備の親衛隊騎士を相手に圧倒的戦闘センスで翻弄します。長剣で戦斧をかわし、足場にして上に間合いをとり、騎士の脊髄に短剣を突き刺します。そして地面に着地し、なんと「フッ」と笑みを浮かべるのです。そして着地した返す力で「とどめ!!」と首を狙って踏み込むところで、ユパが仲裁に入るのです。剣士の命である右腕1本を犠牲にして。そこで初めてナウシカは我にかえることができます。初めてトルメキア第四皇女クシャナと出会うのはこの場面です。この巻ではアスベルとの出会いや、王蟲と深く心を通わせるシーンが印象的です。
次に2巻。ここではアニメにはない、物語上とても重要なポイントがあるので解説しておきます。また、他の説明が必要な点についても補足しておきます。
・トルメキア王国。首都はトラス。現国王はヴ王。3人の王子と前王の血を引くクシャナ。王位継承は多くが簒奪によってなされてきた。腐海のほとりの辺境諸国は同盟国だが、自治権の保証と引き換えに事実上は属領であり、戦時は招集令によって族長が参戦する盟約がある。
・土鬼(ドルク)、正式名称:土鬼諸侯国連合。首都は聖都シュワ。神聖皇帝である王兄ナムリス、王弟ミラルパが頂点に君臨するが、超常の力をもつ王弟ミラルパが実権を握る。父王の代からある宗教を利用し、政教一致となっている。皇帝領、7つの大侯国を主に計51の国から成り立っている。各国の族長、官僚、科学者なども僧会という宗教団体に属している。族長は僧正の地位に着く。
さて、広がる腐海のために、現在この国々はお互いを併合しようと戦争を繰り広げているわけです。2巻ではナウシカとアスベルが腐海の底から脱出した際に、土鬼のマニ族と出会います。戦闘になる訳ですが、実はここからアニメの王蟲が押し寄せるシーンに繋がっていきます。この巻で気に入っているシーンがあります。P36~P37の部分です。アスベルの思い切りの良さは痛快で、ナウシカを逃がした時に抱きつかれてぽかんとする描写は滑稽で(怒ったマニ族の戦士にボコボコにされていますが(笑))、状況は切迫しているのにあまり死の影がみえないのも好きです。そしてマニ僧正はナウシカを下記のように評します。"ほほほ まるでツバクラメ(おそらくツバメのこと)のように いってしもうたな イイ子じゃ……やさしさと猛々しさが混然として奥深い…"マニ僧正は盲目ですが超常の力があり、ナウシカと心を通わせていました。彼女の中にある強い怒りの心や衝動と、親しみや慈悲や愛する心を感じていたのでしょう。
どうしてナウシカはこんなに魅力的なんでしょう?
彼女は迷い惑いますが、己を偽らない。かと言って己の思うまま、自分勝手に生きている訳でもありません。彼女の背には様々なものが乗っています。族長として負う風の谷の民の命、戦場で守りたい命・失わせたくない命、心通わせる王蟲や虫たちの命。そして命を奪うことの業。そして腐海の生まれた意味を知りたいという彼女自身の命題。彼女は全ての責任を放棄しません。もがきながらも、その背にあるものをこぼすまいと足掻く姿は物語を読むこちらが辛くなります。しかし、彼女は笑顔を忘れません。たとえそれが心からのものでなくても、自分を奮い立たせるように微笑みを浮かべるのです。だからこそ読み手も何とか、彼女の旅路についていけるのではないでしょうか。
ただ、書評という点で彼女と歩みを見るためには、時間をかけて必死においかけておいかけていくものでした。やっとここまで追いつけました。またここから一生懸命がんばります。
矢野ゆかり