「いしはらの風景」は、土佐町石原地区で暮らす田中由香里さんと森有芽香さんが書く連載です。
移住してきた田中さん。
石原地区出身で、石原の集落支援員を務める森さん。
お二人が順番に、石原での日々を綴ります。
西石原の中心地(といっても今は静かな場所だけど)、小さな山のコンビニ『さとのみせ』のすぐ近くに和田ご夫婦の実家があります。
大阪在住のお二人は年に数回、里帰りをされるのですが、石原に来る度に家のガラス戸を開けて、ご近所さんや通りがかりの人にお茶やコーヒー、お菓子を振舞ってくれます。
私が『和田サロン』と呼んでいるこの空間がなんとも居心地が良いのです。
くにさぶろうさんのお母様が生前お店をやっていらっしゃったところは、昔ながらのガラス戸に土間。そこにテーブルと丸椅子を構え、みちこさんが入れる美味しいコーヒーやお菓子を誰にでも「どうぞ召し上がってね。」と笑顔で勧めてくださいます。
そしてそこに集まってくる人たちの間で話題に上がることは多岐に渡り、時には熱い議論が交わされます。
歴史に詳しい人からはこの地域の古い写真を見せてもらい、野菜や草花を育てるのが得意な人からはその季節に畑ですることを教わります。釣りが好きな方々からは罠の仕掛け方を説明してもらったり…
まだ朝靄が川面に残る日、和田サロンの前を通りかかると、「今晩6時05分からツガニ汁を食べて飲み会するき!」とお誘いがありました。「喜んでお邪魔します!」と応えたものの、私の頭の中には「なぜ6時05分から?」という疑問が。
みちこさんの準備のお手伝いのために早めに到着して解ったのは、大相撲のテレビ中継を見終わった皆さんが集まる時刻が6時05分になるだろう、ということで決めた集合時間ということ。なんかこの時間の決め方に石原の人たちの『好きなことを大切にする』気質がちょっぴり現れている様で、私はクスッと笑ってしまう。
予定通り6時を少し過ぎた頃に、美味しそうな匂いの大きな鍋を携えて釣り名人のよしかげさんが現れました。
この夜はみちこさんやご近所のゆりこさんが仕入れてくれたお寿司や鰹のタタキ、マグロの刺身やお芋の煮付けなどなど、豪華な皿が所狭しと並びました。そして釣り名人よしかげさんのツガニ汁は絶品の味!
ある時、和田サロンで天然鰻はどうやって獲るのかと誰かが聞けば、鰻漁名人きみあきさんが丁寧に説明してくれます。まず餌を川で捕まえ、いろいろな場所に行って何十箇所も罠を仕掛け、罠に鰻が入る場所もタイミングも沢山の経験を通して判るらしい。
みんなが集まれる日まで捕まえた鰻を石原の川で網に入れて生かしておき、当日には炭火を用意して手際良く鰻を捌き、自家製のタレを絡めて炊き立てご飯と一緒にふるまう。なんと贅沢なことでしょう!
またある時は、オリンピックの中継について、しげるさんが「選手は殆どが成人なのに、なぜ日本では『男子』『女子』と子供でもないのに…子を付けるのか?英語ではMen, Womenと呼んでBoys, Girlsとは呼ばない。」と話題を提供します。
そして日本で『男性』『女性』と呼ばない理由についてテーブルを囲んでいるみんなが真剣に議論します。「日本はどうも’性’という表現に対して抵抗があるのかな?」とか、「男女格差の解消もなかなか進まない」とか、「LGBTQ +やノンバイナリーについての他国との受け止め方の違い」などなど…
ある時は、くにさぶろうさんの証券会社時代の武勇伝にじっくり耳を傾け、土佐の勇者が激動の高度成長期を駆け抜けて、日本が経済大国になった理由を垣間見た気がしたり。
この夜のツガニ汁&飲み会に少し遅れて駆けつけたのは、大高夫妻。この日は改装作業の後、本山町のコメリまで明日の作業で使う材料を探してから到着。
大高夫妻は去年、石原へ移住して来ました。りょうすけさんは蔦屋書店立ち上げスタッフで日本を転勤しながら『いつか自分の大好きな本と旅で独立』との夢を抱き、パートナーのみかさんと仁淀川流域で空き家物件を探していたところ、縁があって石原にある『島崎邸』に巡り合い、「ここだ!」と思ったそうな…
今年夏までのオープンを目指してお二人でかな〜り年季の入った古民家を、地元の方々と地域おこし協力隊数人の助けを借りながらDIYで古本屋カフェ&民泊の建物3棟を改装中です。
りょうすけさんとみかさんが来るなり、その場にいる面々は「どこまで進んじゅう?」と開店が待ち遠しい気持ちで料理を次々と進めながら問いかけます。
「いやぁ、今週は床の張り直しで大変でしたー!」と、山の中腹にある空き家を自らの手で改装する苦労話に花が咲きます。「失敗もひとつひとつが新しい学び。苦労の中にも喜びがある。」と笑顔で話すお二人。よしかげさん特製の生姜が効いたツガニ汁を美味しそうに食べていました。
外は寒さがしんしんと深まっていたけれど、和田サロンの中は楽しさと満足感が溢れた暖かい空間に。参加者がそれぞれ興味のある話題を次々に口にし、笑いと熱い語りが途切れることはありません。
今回和田ご夫婦は10日ほど滞在し、大阪に戻る日は、近所に住んでいる”和田サロン”の常連さん達が朝早くからお見送りに集まりました。
大根や里芋の野菜、高知の美味しいものなど、里山の恵みを沢山車に積み込ました。
お花が大好きなみちこさんは、ビオラとシクラメンの苗まで大阪に持ち帰ります。
「気をつけて帰りやねぇ。」
「今度、いつもんてくる?」
誰かが次の”和田サロン”がある日々を待ち遠しい気持ちで聞いてみます。
やっと全ての荷物を積み込み、エンジンを温めた車がゆっくりと角を曲がるまで、見送る私たちは手を振っていました。期間限定の”和田サロン”の次の開店を心から楽しみにして…