土佐町田井地区にある冨士見館。「私のひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんが大正5年(1916年)に創業した」と4代目の女将、高橋信子さんが話してくれました。
写真は昭和初期のもの。冨士見館はこれまでに何度か改修したそうですが、建物は今も当時のままです。
この頃、遠くから荷物を運ぶ「馬車引き」さんがたびたび宿泊していたのだそう。
金魚屋さんも宿泊
昭和35年から40年頃、信子さんが小学生だった時には「金魚屋さん」が宿泊。袋に入れた金魚を持って、年に数回来ていたそうです。肩に担ぐ竿と金魚を入れる桶はいつも富士見館に置いてあったそう。土佐町に来たら、決まって富士見館に泊まっていたのでしょうね。
「乾物屋さん」も訪れ、竿の前後に下げた缶にはするめやお酒のつまみのようなものが入っていて、「おばあちゃんが、どれにしようかねえ、と選んでいた」。信子さんは、懐かしそうに話してくれました。
当時、冨士見館は旅館業の他にも、魚屋さん、仕出し屋さん、そして銭湯も営んでいました。
早明浦ダム建設が始まって旅館業が忙しくなり、銭湯は閉めることに。けれども、当時はお風呂がない家もまだ多かったため「銭湯をやめないで」と町の人から署名も届いたそうです。悩みに悩んだ末、やはり人手がなく、銭湯は閉めることにしたとのこと。
創業から106年、冨士見館は土佐町に訪れた人たちを温かく迎える宿として、今もこの場所に在り続けています。