いよいよ「下田昌克とさちょうアート展」当日。
下田さんが描いた絵、子どもたちと一緒に描いた絵、下田さんの著書、シルクスクリーンでプリントしたTシャツが並んだ。
前日の深夜までパンフレットの印刷、写真の印刷、下田さんが土佐町で過ごした1週間のスライドショーの作成を行い、その準備もできた。
展覧会一番最初のお客さまは、立割地区の筒井博太郎さんだった。
切ったばかりの柿の木の枝、吊るせるようにひもをつけたあけびを軽トラックの荷台に積んで「おーーい!」と笑顔で来てくれた。
「博太郎さん!」下田さんが駆け寄る。
「わあ!うれしいなあ……。」
博太郎さんは枝をかつぎ、絵が展示してある部屋へ運んでくれた。
素敵なお土産を手に来てくれた博太郎さんの気持ちが、何よりありがたかった。
博太郎さんは飾ってある絵を1枚1枚よく見ていき、そして自分の絵の前でしばらくじっと立っていた。
この日も博太郎さんの胸ポケットにはハーモニカ。
展示室のベンチに腰掛けながら『里の秋』を演奏する博太郎さんの隣に、下田さんも座る。
博太郎さんの隣で演奏を聴いている下田さんはとても幸せそうだった。
澤田弥生さんの絵の前でじっと立っている人がいた。
しばらくすると弥生さんの絵の写真を撮り始めた。
声をかけてみると弥生さんの娘さんだった。その時、娘さんは一人で来ていた。
しばらくしてからふと気づくと、絵の展示室のベンチに弥生さんが座っていた。
103歳の弥生さんが絵を見に来てくれた。自分で仕立てただろう素敵なジャケットを着て。
下田さんは「とてもうれしい。来てくれてありがとうございます。」と耳元で言った。
弥生さんは「いえいえ。」と笑って答えた。
そばには娘さんがいた。
「さっき絵を見に来たあと父の家に寄ったら、父が展覧会に出かける準備をして玄関先で待っていたんです。」
そして、この場所にまた一緒に来てくれたのだった。
弥生さんと下田さん。
並んで座る二人の背中が「出会った」ことを教えてくれていた。
保育園や小学校の子どもたち、下田さんが絵を描いた人たち…。みんなが何だか懐かしい友達に会ったような表情で下田さんと話していた。
お父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃん、保育園の先生、地域の方たち…。この日だけで100人以上のお客様が来てくれた。
みんなが笑顔になっていた。
「絵を描いたかっこいい人生の先輩たち、みんなが展覧会に来てくれたことがうれしかった。」下田さんもとてもうれしそうだった。
下田さんは土佐町でたくさんの人と出会って、笑って、絵を描いた。
真っ白だったスケッチブックに土佐町の人たちを映し出した。
下田さんの描いた絵はその人そのものだった。
絵を目の前にして誰もが笑顔になったのは、胸の中にぽっとちいさなあかりが灯るように、今を生きている喜びに気がついたから。そんな風に思う。
この場所にあなたがいること。私がいること。
ひとりひとりが自分の場所で自分の人生を積み重ねていること。
このことは決して当たり前ではなく、実はとても味わい深くかけがえのないことなんだと下田さんの絵は教えてくれた。
本当に大切なことはどこか遠いところにあるのではなく、きっとすぐそばにある。
下田さんはそのことに気づく種を土佐町に蒔いてくれた。
飛行場へ向かっている時、下田さんは言った。
「土佐町の人たちは最初から懐深く、初めて会った時から受けとめてくれた。ここでしかできないこと、土佐町でしかできないことがあると思う。」
下田さんの著書『PRIVATE WORLD』の最後に、こんな言葉がある。
「いろんな人に会った。いろんなことがあった。僕がいろんなところでおっことしたうんこから、芽がでて花が咲いていたらうれしいと思う。」
おわり