家内の友人2人から、包丁を研いでほしいと頼まれたことがあった。4丁ずつだった。
それを研ぎながら、刃物研ぎを覚えた小学生の頃を懐かしく思い起こした。
農林業だから、当然身近に刃物が多くあった。包丁はもちろん、鎌、柄鎌、手斧、鉈、のみ、かんな、きりなどをはじめ、自分が遊びに使うナイフもである。それらの刃物を祖父が研いでいた。
小学校の3,4年生の頃から、研ぐことに興味を持ち、見様見真似で自分のナイフを研ぎはじめた。祖父は最初、
「手を切るきに、やめちょけ」
と言ったが、ナイフを取り上げたりはしなかった。そのため私は研ぎ続けたが、研げば研ぐほど、切れ味が悪くなった。
それを遠目に見ていた祖父がある日、私が研いでいたナイフを手に取って見ていて、
「こりゃあ、丸研ぎじゃきに、切れん」
と言った。そして、ナイフの刄に手の親指の腹を直角に当てて、
「こうして、ゆっくり引いてみ」
と言って指を引いた。言われたようにしてみると、指が抵抗感なしに刄の上をすべった。
次に祖父は、よく研いだ鎌を持ってきて、
「同じようにしてみ」
と言われたので、やってみると、
指が刄にざらざらと引っかかって、スムーズにすべらない。
「引っかかる」
と言うと、
「それが切れる刄じゃ。刄の角度を考えて研がんと、切れる刄にならん。よっしゃ、教えちゃる」
それから折りあるごとに、私の後ろに立って、砥石と刄の角度を注意してくれた。
研いでは親指の腹を当て、また研ぐ、ということをくり返した。そして木や竹を切ってみた。
半月もすると、指がざらざらと刄に引っかかるようになり、試し切りでもよく切れるようになった。
その間、何度か手を切った。砥石から刃がすべって切る。大した傷ではなかった。半年ぐらいで、手を切ることはなくなった。そうなるとナイフだけでなく、自分が細工物に使う鎌も研いだ。
その頃から、ちびた刃物で無理に切ろうとすると、刄がすべって危いということも判ってきた。
研ぐ刃物の種類は次第に拡がり、小学校5年の時に祖父から、
「山やら畑でみんな忙しいきに、みんなが使う刃物を全部研いでや」
と言われた。父は戦地に行って、家族は祖父母と母だった。その3人が使った各種の刃物を、夕方仕事から帰るのを待って研ぎ、残ったのは翌朝研いだ。
砥石も荒砥、中砥、仕上砥を使い分け、6年生の頃には、祖父が使う剃刀も研いだ。
自分が研いだ鎌や手斧や鉈などを、みんなが気持ちよく使っているだろうと思うと、学校へ歩く気分も軽かった。
*撮影協力:高橋通世さん(上津川)