新緑が眩しい5月、土佐町の早明浦ダム最深部・地下100メートルの地点で、ある日本酒の封が開けられました。
この日本酒は、昨年5月から1年間、ダム内部に貯蔵されていた「桂月 相川譽 山廃純米酒58」。土佐町が誇る酒蔵、土佐酒造が作る日本酒です。
1年間という時を経て、どんな味に変化しているのか?
2021年5月21日、その味を確かめるべく、和田守也土佐町長、土佐酒造社長・松本宗己さん、水資源機構所長・林幹男さんがダム最深部に集まりました。ダム内部のコンクリートの回廊には、試飲した人たちの弾む声が響き渡っていました。
*1年前、ダムに貯蔵した時の記事はこちら!
早明浦ダム=貯蔵庫?
1973年に完成した早明浦ダムは、土佐町と隣町の本山町にまたがるように位置し、独立行政法人「水資源機構」が日々の管理を行っています。厚いコンクリートに覆われたダム内部はひんやりと肌寒いほどで、年間平均気温が12度前後に保たれています。
その気温はまさに、お酒の熟成に適した気温。
「早明浦ダムを貯蔵庫として、土佐町のお酒を熟成したら、どんな味に変化するだろう?」
和田守也町長の発案に、土佐酒造と水資源機構も賛同。昨年5月、多くの人たちの協力を得て、土佐酒造が作る「相川誉 山廃純米酒58」600本を、ダム内部の地下100メートルの場所へ貯蔵することとなったのです。
そのお味は??
ダムで1年間貯蔵されたお酒の味はいかに?
多くの視線が集まる中、グラスに注がれた「相川誉 山廃純米酒58」は、少し琥珀色を帯びていました。
「この色は熟成がゆっくり進んでいる証拠」
土佐酒造の社長・松本宗己さんは、そう言います。
そして、驚いたのはその香り!マスク越しでもわかるほど、甘く、まろやかな香りがあたりに広がっていました。
まず、松本さんが一口。
じっくりと味わうように、うん、うん、とうなずき、一言。
「美味しい。バッチリです」
続いて和田町長。
「香りゆたか。熟成されているな、と素人でもわかる。大成功」
皆さん、とても満足顔でした。
私も試飲させていただきました。
普段店舗で販売されている「相川譽 山廃純米酒58」は、口の中で少しピリリとする印象。でもそのピリリが良い。以前から、私はこのお酒がとても好きでした。
次に、1年間ダムで貯蔵されたものを一口。
「!!!」
その甘さにびっくり。頭の先から足元まで、芳醇な甘味がじんわりと伝わっていくようでした。
体の内側からぽかぽかと温まってくる。日本酒でありながらワインのようでもあり。もう少し、もう少しとお酒が進み、気づいたら一本開けていた、なんてことになりそうでした。
相川誉 山廃純米酒58
土佐町が誇る酒蔵・土佐酒造は、1877年(明治10年)に創業。ダムに貯蔵した「相川誉 山廃純米酒58」は、土佐町の米どころ・相川地区の棚田米100%で作られている日本酒で、米「吟の夢」を58%精米、「山廃」と呼ばれる昔ながらの製法で作られています。
土佐酒造ので働く人たちは、いつも口を揃えてこう言います。
「お酒が作れるのは、お米を作ってくれる農家さんのおかげ」
「相川誉 山廃純米酒58」という名は、日々おいしいお米を作ってくれる相川地区の農家さんたちを“誉め讃えたい”、その感謝の気持ちを込めて名付けられています。
まずは、土佐町の人に
土佐酒造の松本さんに聞きました。
「ダムに1年間貯蔵された『相川誉 山廃純米酒58』。誰に飲んで欲しいですか?」
松本さんは、迷うことなく言いました。
「相川誉は、土佐町の“おんちゃん”たちが育ててくれたお米で作った日本酒。まずはそのおんちゃんたち、そして土佐町の人たちに飲んでほしい」
「そのためには、飲みたい時に飲めるような値段じゃないと。飲みたい時に飲めなかったら、地域のお酒じゃない」
土佐町の地域の集まりや行事ごとの後に開かれる「おきゃく」のテーブルには、必ずと言っていいほど土佐酒造のお酒が並びます。“おんちゃん”たちが「桂月」で盃を交わし、ガハガハ笑っている。土佐酒造の人たちが作るお酒は、土佐町の人と人をつなぐものとして欠かせないものとなっています。
「飲んでくれる人、お米を作ってくれる人がいるからこそ、お酒を作ることができる。それが、土佐酒造という酒蔵が100年以上続いてきた理由」
松本さんは、そう話してくれました。
今後、土佐酒造で作るお酒の原料のお米は、全て地元産にしていきたいと考えているそうです。
Sameura Cave
早明浦ダムで貯蔵された「相川誉 山廃純米酒58」は、「Sameura Cave」(Caveは英語で「洞窟」の意)という名で、今年6月以降に販売が始まります(税込2,750円 720ml)。
「Cave」は英語で「洞窟」という意味です。
昨年貯蔵した600本のうちの120本を「貯蔵庫」から出し、土佐町の道の駅「土佐さめうら」で販売。土佐町のふるさと納税の返礼品にも今後加えられる予定です。
残り480本はさらに熟成するため貯蔵を続け、一年ごとに取り出して販売。そして新たに貯蔵するため、追加もしていくそうです。
今年取り出した瓶のラベルには「1 year old」という文字が描かれています。来年取り出されるものは「2 years old」、再来年は「3 years old」…。
5年後、10年後、そして、100年後。お酒はどんな味となり、世の中はどのような風景となっているでしょうか?
オール土佐町で
この取り組みは、ダムの地権者である土佐町、日本酒を作る土佐酒造、ダムを管理する水資源機構、3者の思いと協力があってこそ実現したことです。
「ダムをこのような形で利用してもらえたら、水資源機構としてもとてもありがたい」と所長の林さんは話します。
土佐町には、昔からお酒を作ってきた環境がありました。そのお酒を保存できる環境もあった。そして、今回の取り組みを実現するため、たくさんの人たちが走り回った。いつの時代でも、どんなものごとでも、一つのかたちにするためには、それぞれの場所で汗をかいている人たちが必ずいるのです。
「Sameura Cave 」の向こうに、たくさんの人たちの背中を感じます。
まさに、オール土佐町。
このお酒が多くの人に愛されていきますように。
ぜひ「Sameura Cave」を多くの人に味わってもらえたらと思います。