食事の約束のひとつに「気を入れて食べる」というのがある。
自分が何を食べているのか、どんな風味や味がするのか、好きなのか嫌いなのか。食べものを口に運ぶときは、目の前の食事に関わった人々に感謝をもって食べてほしい。気持ちが食事に向かっていないと、食べきれずに残したり、逆に食べすぎたりすることがある。もちろん会話も食事を美味しくする要素だから、おしゃべりは結構だが、盛り上がり過ぎると食べることが疎かになってくるので、親の注意が入る。
それでも、その言葉が耳に入らず、例えばご飯や味噌汁あたりをひっくり返すことがある。
そんなとき僕は、彼らを叱る。時に子どもを泣かせてしまうくらい強く怒る場面もある。それは、食べものを大切にしてほしいという僕の想いだ。
しかし、そんな偉そうなことを言う僕に、事件が起きた。
ある日の夕食で、僕は掴んだ汁椀を滑らせ、こぼしてしまったのだ。
「しまった!」と思った。けれど、覆水盆に返らず。こぼした味噌汁は、もう碗に戻らない。
子どもたちの目線がテーブルに広がる味噌汁に集まり、次に僕を見る。普段「食べものを大切にせよ」と説教する父ちゃんが粗相をしたのだ。静まり返った食卓で、「このあと何が起こるのだろうか?!」と固唾を飲み込む子どもたち。
そんな状況に少し焦った僕の口から咄嗟に出た言葉は、「お味噌汁さん、ごめんなさい」。
それは自分でも意外な謝罪だった。お椀が濡れてて滑っちゃったとか言い訳もできただろうが、それをせず、僕は味噌汁に謝った。状況を見守っていた子どもたちはこの言葉に納得したらしく、幾分自分たちの姿勢を正してから食事を続けた。
写真:文章とは全く関係なくて恐縮です。屋根の雨樋から地面に落ちる雨が音を立てるほどしっかりと降る雨の日。数日前におばあちゃんから送ってもらったシャボン玉を持ち出して、叫び声をあげながら走り回る次男と次女。風邪を引かないかと心配する僕の気持ちは彼らに届かず、「やれやれ」と思いつつも、とっても楽しそうなのでシャッターを切った。