雨上がりの夕方、近所を散歩していたら、道の向こうから杖をつきながら歩いて来る人がいた。麦わら帽子をかぶって、ゆっくりした足取り。
どなたかな?と思いながら、すれ違いざま「こんにちは」と挨拶をした。おばあちゃんは足を止め、私に目をやり「はい、こんにちは」と言って、杖に少し寄りかかるようにしながら、ゆっくりと腰を上へ伸ばした。
優しげなまなざしに、こちらも自然と笑顔になった。
「雨が止んでよかったですね」
そう言うと、うん、うんと頷きながら「そうじゃねえ、雨は降りすぎてもいかんし、降らなすぎてもいかんしねえ。こんくらいが、ちょうどいいねえ」と言った。一言一句が染みこんでくるような、なんとも言えぬ温かみがあった。
「本当ですねえ」
私の言葉に、また、うん、うん、と大きく相槌を打ったおばあちゃんは空を見上げた。
多分、おばあちゃんは今までずっと、こんな風に目の前の風景を見つめ続けてきたんだろうなと思った。
再び、おばあちゃんが歩こうとしたので、「いってらっしゃい。お気をつけて」と言うと、おばあちゃんはお辞儀をしながら応えた。
「ほいたら、おやすみなさい」
別れた後、何度か振り返っておばあちゃんを見た。おばあちゃんは水路に沿ってゆっくりと歩きながら、時々立ち止まって道端の木を見上げたりしていた。
そういえば、話の終わりに「おやすみなさい」と言う人が何人かいるなあと思い出した。それは大抵、田や畑、山仕事をしている人で、夕方か夜、別れ際や電話を切る時に「おやすみー」とか「おやすみなさい」と言う。
日が沈んだら暗くなるので、その人のその日の仕事は一旦おしまいになる。1日の仕事を終えたら家に帰り、夕ごはんを食べて、眠る。人間の暮らしが自然に根ざしている土地ほど、夜はいつまでも明るくない。だから、夕方や夜には「おやすみなさい」。この土地の人は、そうやって生きてきたのだなと思う。
おやすみなさい。
初めて会ったおばあちゃんの、夕方のご挨拶。思い出すたび、今日もいい日だったなあと思えた。