10月中旬秋晴れのある日、母屋では先生と生徒数名が集まりヨガ教室があった。
お母さんとやってきた三歳のN君、家族ぐるみでお付き合いしていることもあって、笹ではもう顔馴染み。最近はひとつ年上のうちの次女と歳が近いこともあってよく遊んでる。
ヨガがはじまってもそれぞれのお母さんにべったりだった彼らだが、そのうち飽きたらなくなったようで、外に内にと遊んでいた。作業をしていた僕はふと思い立ち、起きたばかりの末娘を乳母車に乗せ、N君と次女を散歩に誘った。
うららかな秋の光が差し込む日、集落までのいつもの道は、自然の音に溢れ、心を落ち着かせてくれる。ふたりは僕に付かず離れず、あちらこちらへ走り回ってはいろんなことを発見してる。
おしゃべりな三女は、落ちている枝の使い道、咲いている花の形と色の理由、それらを身に纏っている自分の役どころを次々に説明してくる。もちろんその場で思いついたストーリだから、しばらく経つと別のお話になっていたりするのだけれど、僕も一緒に彼女の世界に入り込んで想像を膨らませる。N君は口数は多くないが、三女の後をついて回って、楽しそうにしてる。たまに取り合いの喧嘩もするが、しばらくするとそれぞれのやりたいことに集中して次の宝物を見つける。真っ赤に紅葉した葉っぱ、見た目美味しそうな木の実、見たこともない蝶々。
折り返し地点となる集落で、飼われている赤牛に挨拶したり、神社でお参りした。どんぐりを拾っては僕のスボンポケットいっぱいに詰め込んだり、アスファルトでペタンコになってる蛇の亡骸を大切に持ち歩いたりしていると、午後の日がだいぶ傾いて来た。乳母車の0歳児は西日の暖かさでまた寝てしまっていた。そろそろ家に戻ろう。
帰り道、そろそろ「疲れた、歩けない」とぐずりだすかと思っていたが、意外にもそのまま笹まで歩き通してしまった。家に到着するとちょうど教室が終わっていて、友人たちが帰るところだった。ふたりはお母さんたちの姿を認めると、今日の宝物を抱えて一目散に駆け寄っていった。
写真:ふたりから少し離れていた僕は、目の前の景色を興味深く見つめた。道の両脇から鬱蒼と茂る木々がトンネルのようになり、前を進むふたつの小さな魂を見守り、その先にある光の世界にいざなっているようだった。