一月のある日、「家を貸したい」という連絡が土佐町役場に入った。
住所を聞いて地図を片手に家を見に行った。舗装された坂道を上へ上へとあがっていくと途中で道が分かれ、右側の山道の方を行く。それは杉林の間を抜けていく細い道で、まだ雪がたくさん残っていたから車を降りて歩いていくことにした。
私の歩く音が聞こえる。ザク、ザク、ザク…。一歩一歩踏みしめながら歩いていくと、時々、杉林の中からサラサラサラ…という音がする。木に降り積もっていた雪が粉雪となって、小枝を揺らしながら落ちていく。
少し歩くと古い大きな牛舎があった。ところどころ屋根が抜けていて周りの壁がない。牛舎を支える柱が立っているだけの中で誰かが原木しいたけを育てているらしい。駒打ちされた木が何本も立てかけられていた。
さらに歩いていくと、遠くに目を細めるほど真っ白な開けた場所が見えた。そのまぶしさが嬉しくて思わず駆け出した。
家はここにあった。
山を切り開いたような場所にある日当たりの良い平屋の家。去年の12月まで大家さんのお母さんがひとりで住んでいたそうだ。そのお母さんは、今、土佐町の町なかに住んでいる。
不思議なもので、今はもう誰も住んでいない家でもその佇まいから、この家でどんな風に暮らしていたのかが伝わってくる。
母屋の勝手口の横にはドラム缶を切って作ったかまどがあった。
「家の裏山には春になったら、ゼンマイやイタドリ、ワラビも出るんよ。」と大家さんは言った。
お母さんがかまどで山菜を茹で、一年中食べられるように保存している姿が目に浮かんだ。
大家さんと一緒に裏山を歩いていると、雪の中にはっとするほどきれいな「黄色」を見つけた。
「福寿草!」
思わず声をあげると、大家さんは言った。
「母が大切に育てていてね。最初は小さな鉢植えを買って来てそれを植えた。福寿草は毎年少しずつ株が大きくなっていくんやけど、それを株分けして、また植えて、また植えて…。何年も繰り返してこうなったんよ。もう少ししたら、この裏山一面に福寿草が咲く。」
福寿草は春を告げる花。
お母さんは福寿草が咲く時を楽しみにしながら裏山を歩き、畑を耕し、この山の家で暮らしていたのだろう。
お母さんは山を降りた。
福寿草の咲く家は、この場所で暮らす人を待っている。