むかしむかし、伊勢川に小平と言う人がおったそうな。
ある日、家から二里半(一里は約四キロメートル)はなれた白姥ヶ岳と言う山に、ぬた待(えものが来るのを待ちぶせする猟法)をしにいったと。朝から次の日の朝まで一夜を明かそうと、握飯、茶瓶などを持って、いつも行き慣れちゅう場所に打ち場を構え、猟をしよったそうな。やがて夕方になったんで晩飯の準備を始めたと。
その時、年の頃十五、六歳のかわいらしい少女が現れ「叔父さん、変わった所においでますねえ。」言うたそうな。ふと見ると、宮古野に住む姪のお六じゃった。小平は、これは曲者がお六に化けているにちがいないと思うた。
けんど、しぐさや声があまりにお六に似いちょるんで「おまんは、こんな夜中に一人で、ましてこのような人里はなれた山の中にどうしてきたぞ。」と問うた。するとお六は、いつもと変わらん笑顔で、「ここは白姥ヶ岳と言うて最も恐ろしい山の中、なんぼ生活のためじゃ言うても、罪もない動物を殺すんです。これからは殺生をやめて他の仕事をしてください。」と言うたと。
そしたら小平が「わしは、生まれてこの方の猟師ゆえに仕方がないが、ところでおまえは少女の身で、ましてこんな夜中に来るとは大胆なやつじゃ。今さら帰るわけにもいかんので、ここで仮寝をして朝早く帰れ。」と言うて、そこに横になったそうな。しかし小平は、油断せずに寝たふりをしちょった。
すると、丑の刻(午前二時)を過ぎる頃から、少女の姿がちょっとずつ変わり始めたと。目は大きく異様な光を放ち、口は広がり耳元まで裂け、身の丈も延びて七尺(一尺は約三十センチメートル)になったそうな。
小平は驚き「化物正体をあらわせ。」と言うて、刀を抜き、化物の脇の下を突き抜いた。すると化物は正体を現し、七尺余りの大猫になって、ものすごい悲鳴をあげて山奥に逃げていったそうな。
昔から白姥ヶ岳には化物が棲む言いよったが、その一つじゃったもんじゃねえ。
寺石正路編「土佐風俗と伝説」より(町史)