2019年8月22日、高知新聞に掲載されました。とさちょうものがたりの連載「山峡のおぼろ」を執筆してくださっている窪内隆起さんの記事です。「山峡のおぼろ」のうちの20話をまとめた「とさちょうものがたりZINE04」について、高知新聞嶺北支局の森本敦士さんが書いてくださいました。ありがとうございます。
この記事が掲載された22日の午後、窪内さんが連絡をくださいました。「この新聞記事を読んだたくさんの知人・友人が、朝から次々と電話をかけてきてくれた」、と。
窪内さんが記した記憶が、多くの人に届きますようにと願っています。
土佐町の記憶 ウェブ連載 87歳幼少期の苦楽つづる
司馬遼太郎さんの元編集者 窪内さん(高知市)
【嶺北】土佐郡土佐町出身で、産経新聞記者時代に作家の司馬遼太郎さんの担当編集者を務めた窪内隆起さん(87) = 高知市一ツ橋町= が、ウェブサイトに古里の思い出を連載している。山川での遊び、銃後の生活…。平易で温かみのある筆致から、貧しくとも自然と人の絆で満ちた山あいの暮らしが浮かぶ。
窪内さんは1955年に産経新聞大阪本社入り。65年に文化部に配属され、同紙で「竜馬がゆく」を連載中だった司馬さんの担当となった。続けて「坂の上の雲」が始まったが、窪内さんは父親の大けがを機に69年に退職し帰郷。その後も96年に司馬さんが亡くなるまで交流は続いた。
ウェブサイトは土佐町の魅力を発信するプロジェクト「とさちょうものがたり」。同町在住の写真家、石川拓也さん(45 )ら編集部が昨秋、窪内さんに執筆を依頼した。
戦前を知る人が減っていくことを案じていた窪内さんも快諾。「山峡のおぼろ」と題して昨年11月から連載しており、編集部はこのほど、20話分をまとめたA4版、48ページの冊子「ZINE04」も発行した。
これまでの各話は、窪内さんが12歳まで過ごした土佐町西石原(旧地蔵寺村)での出来事が中心。初めてアメゴを釣った「モリタカ渕」、飢饉食の彼岸花団子を作ってくれた「おゆうばあちゃん」などは克明な記憶で、当時の情景を生き生きと伝える。出兵先で死を覚悟した父親から送られてきた爪と毛髪を見た時の思い、家族の取り乱す様子など、生々しい戦争の影もつづった。
窪内さんは執筆中、産経新聞退職の際に司馬さんから贈られた色紙の言葉「婉なる哉故山 独坐して宇宙を談ず」が頭から離れなかったそう。故山は古里、宇宙は世間の意味で、司馬さんは「美しい古里でいろんなことをゆっくり考えたらいい」と話したという。
連載について窪内さんは、「戦争による日本の大きな悲劇、苦しい時代が忘れられていく気がしていた。文字に残すことが大事だと思った」。全40話の予定で、今後も随時掲載していく。
「ZINE04」は土佐町内などで無料配布しているほか、高知市の金高堂などで1部600円(税別)で販売もしている。
(森本敦士)
*「とさちょうものがたりZINE04」についての記事はこちらです。