土佐町の森に竹やんという人がいました。
竹やんは炭焼の名人と言われるほど、炭を焼くのが上手であったと。炭焼は窯に木を立てて火をつけると、四日も五日もしないと窯の火を消すことができないので、夜の夜中でも窯の火の番をすることが多かった。
竹やんはひとつも淋しゅうない人であったそうなが、ある夏の夜、大谷山の山の中で一人、窯の番をしていたのは風もなく静かな晩であったそうな。夜中頃になった頃、俄に山の上の方からザーザーというかすかな音…。草木も眠る丑三つ時(夜中の二時頃)、どんな小さい音も聞こえてくる、そのザーザーいう音は次第に近づいてくる。
さすがの竹やんも身に危険を感じ、あわてて炭窯の前にあった桜の木に登って様子を伺っていると、その音は次第に大きく近づいてくる。
ザー、しばらくして、ザー。
月の薄明かりにすかして見ると、なんとその音の物体は四〜五メートルもあろうか、道いっぱいになって動いている。
ザーザーいう音と共に次第に身にせまってくる。
さすがの竹やんも恐ろしくなって木の上にしがみついて、ブルブルふるえていたと。
いよいよその怪物は窯のすぐ前までせまってきた。これはいよいよ、この怪物に食われるのかと覚悟をきめた時でした。
炭窯の燃える火の明かりでチラっと見えたのは、なんと大谷山のふもとに住んでいる長さんというおんちゃんである。長さんは、この夜中に竹ぼうきを作るための竹を束にして、足が不自由なものだから、両手をついて一歩進み、一歩進めば竹の束をザーッと引寄せ、引寄せては一歩進むその音であった。
竹やんも怪物の正体がわかり、やれやれと思って木の上からひととびに飛び降りたと。すると、今度はビックリしたのは長さんである。急に大きなものが木の上から落ちてきたので、足の不自由なおんちゃんが二間(四メートル)も一気に飛んでいたと。
竹やんは生まれて今まで、こんな恐ろしい目にあったことはなかったと。
*この昔話を教えてくれたのは志和保三郎さんです。