仕事は家の周りでするのが理想的なライフスタイルだと考えている。
親離れするまで子どもの側で時間や体験を共有したいという想いがあるからだ。
幸運なことに、家には毎日やり切れないほどの仕事がある。
僕が何かをしていると、「父ちゃん、なにしゆうが?(なにしてるの?)」と近づいてくる子どもたち。そんなときは、どんな作業なのか、なるべく分かりやすく説明するようにしている。自分の親が毎日何をし、それはどんな意味があるのか、ということを理解してここで暮らしてほしいと思う。話のあとは、「ふーん」と言ってまた遊びに戻るときもあれば、「やりたい」と手を貸してくれるときもある。
「在宅仕事」のデメリットは、子どもたちからしょっちゅう声を掛けられ、予定していた仕事が終わらないところか。まあでも、そうなったらまた別の日にやればいい。なんてそんなこと言っているから、仕事がどんどん溜まっていくのだけれど。
ウイルスの感染拡大を受けて、小学校が休みになった日があった。兄姉が行かないなら僕も保育園行かない、と次男。
平日の日中に子どもが全員家にいるなんて珍しいことだった。「今日はお休み」という気持ちの盛り上がりも手伝ってか、朝から五人仲良く遊んでいた。
僕は割った薪をクローラと呼ばれる運搬車に載せて、薪棚に運んでいた。次女が「なにしゆーが?」とやって来る。エンジンを止め話をしていると、他の子たちも集まって来た。「乗ってみる?」と聞くと四本の手があがった。
エンジンを掛けるとけたたましい音と振動が全身を包む。
作業用機械だから、乗り心地なんて皆無だし、ありったけの声を張り上げないと隣の人と会話もできない。しかし荷台にぎゅっと乗り込んだ五人は、なんだがとても楽しそうだった。
敷地内とゴトゴトと10分くらい移動して、元の場所に戻ってきた。「うるさかったね」「すごいゆれたね」と口々に感想を言い合い、また別の遊びをはじめていた。
僕は深呼吸をひとつして腰を伸ばし、ふたたび 薪の山に向かった。