お婆さんは話を続けた。
『村には誰やら言うて、宮相撲の甲をとり、うまい、力の強い男がおった。
家の牛屋の口へ置いちゃある青石の盤持石は三十五貫(一貫は約3.7㎏)あるが、ひいといの事、あの石を、さし下駄はいて、肩口で二へんばあ、ゆすっちょいて、スッと肩へ持っていったばあの大力持ちじゃった。
シバテン、相撲を挑む
その男がある日、高知からお客に使うブエン(生魚)を買うて、ザルに担うて、戻りかかったげな。官山を廻ったくで、向こうの方から、こんまい子どもみたいな男が、ひょこひょこやって来た。小男は「オンちゃん、相撲とろう」と言うたげな。
「なにをいや、こびんす、相撲になるかや」と、一ぺんは断ったが、
「ほんなら、まあ来てみよ」と、胸をはった。
「そればあ言や、ちったあやるかや」と、魚カゴをそこへおろして、
「一番こい」と身がまえた。
相手は細うて、妙に生臭うて、のらくらしたような小男で、力もない奴じゃったけん、一ぺんにぶちつけたと。
ほいたらどうぜよ、小男は「オンちゃん、相撲とろう」と言うて、やちものう(限りがない)かかって来るちゅうが…。
こうやって、夜っぴと二人で相撲をとりゆう内に、夜が白々と明けたと。
力士もその頃になると、だれたけに「もうおこうぜや」と言うて、ザルを担うて帰りがけに、ひょいと魚のことに気がついて、フタを開けてみると、こりゃどうぜよ。魚はザルの前、後とも、全部、柴に化けちゅうと。今まで目の前におった小男が、スーッと消えて、周りには誰っちゃおらざったと。
男は「こりゃ、シバテンにやられた」と気付いて、フラフラになって家へ帰って来た。
「おら、ゆんべ、赤羅木でシバテンに会うたぜや。やりすえられた。朝まで相撲とらされたぞ。おまけに、ザルの魚が、みんな柴に化けてしもうたぜや。お客どころかそこすんだりよ。たかあやりすえられたぜや。おら、相撲がとれるき、けんど、おんしらあは、めったにあこ(あそこ)を通られんぞ」
向こうずねをこすりもって、こう話したと。
その話を聞いてから私は、そのシバテンに一目置くようになった。
「一番や二番は勝てても、朝までねばられちゃ、こりゃかなわん」
それからと言うものは、夕方、山道を通ることは止めにした。』
(シバテンその3に続く)