爽やかな朝の空気を呼吸しながら、瀬戸川渓谷を仁井田亮一郎さんと一緒に散歩する。
亮一郎さんの飼い犬2頭、ジリとソラも一緒だ。 昨晩の宴会は黒丸の地元の方々がたくさん参加して、間違いなく楽しい時間だった。
酔っぱらった下田さんはこれまた酔っぱらった亮一郎さんのハゲ頭にクレヨンでカラフルで大きな顔を描いた。頭頂部に輝くその笑顔を見て、普段は夜更かしをしない黒丸のお母さん方もワッハッハと笑いながら夜を過ごしたのだ。
明け方までの雨で山も道も空気もしっとりと濡れている。緑が鮮やかに光っている。
瀬戸川渓谷の集落、黒丸は土佐町で最も山深い地域だけあって、朝の空気は清浄そのもの。亮一郎さんは黒丸の地区長であり、林業のエキスパートでもある。この辺りの山のことは隅々まで知り尽くしている。 ジリとソラの後を追うように、ゆっくりと蛇行する山道を歩く。このときこの場所だけ時間の流れ方が違うようだ。
途中、展望台に立ち寄る。
「正面に見えるあれが剣ケ岳、その奥には剣ケ滝という滝がある。右手にずっと上がっていくと稲叢山…。」 自分の庭のことを話しているような亮一郎さんの言葉を聞きながら、下田さんはゆっくり歩く。
もうすぐ紅葉が始まるだろう。
「またゆっくり来たいなあ。」と下田さん。 「またすぐ来るやろう。」亮一郎さんが予言めいたことを言う。
まだまだ散歩したい様子のジリとソラをなだめながら瀬戸コミュニティセンターに戻ってから、黒丸と亮一郎さんに別れを告げ、再び町に降りるため車を走らせた。
宿泊した黒丸地区から田井地区のころろ広場へ向かう。
下田さんに駆け寄ってくる子どもたちや「下田さんですか?」と声をかけてくる人が何人もいた。
青木幹勇記念館で明日の展覧会の準備をする。
この日も記念館の田岡三代さんがにこにこと迎えてくれた。
土佐町で描いてきた絵をスケッチブックから切り離す。
下田さんは脚立を使って麻ひもを部屋の壁と壁の間に渡した。
渡したひもにさらにひもを結び、その先にクリップをつけ、絵を吊りさげる。
絵は壁に貼るものだと思い込んでいたから、こんな展示の仕方もあるんだと驚いた。
子どもたちと一緒に描いた絵は体育館に飾った。絵は大きくて重い。
絵の裏側にガムテープを2重にして貼り付け、竹の棒を支えにして画びょうでとめていく。
竹の棒にひもを結び、体育館の2階から5人がかりで引っ張りあげる。
2つの大きな絵が並ぶと迫力があった。
土佐町の人たちの絵が並んでいる風景は壮観だった。
絵のそばに滞在中の写真が並ぶと、一人ひとりの人を描いた時のこと、これまで過ごした6日間のことが心に浮かび、これ以上ないというくらいよき出会い、よき時間だったのだということが胸に迫ってくるようだった。
下田さんはこれからも土佐町の人たちと出会ったことを心のどこかで覚えているだろうし、土佐町の人たちも下田さんとの出会いを心のどこかに置いて、時々思い出したりするのだろう。
出会うことでお互いの人生の中の登場人物になるんだなと思う。
出会って、同じ時間を過ごして、一緒にいて、話したり笑ったり泣いたり怒ったり…。「出会った」という事実はずっと消えない。その事実を重ねながら、人は自分の場所で生きるのだなと思う。
この日は夕方まで作業し、Aコープでバナナアイスを買って一緒に食べた。
滞在中、下田さんは白くま印のクボタのアイスが美味しいと気に入って、色々な味のアイスを毎日のように食べていた。バナナ味、サイダー味、コーヒー味、あずき味…ほとんど制覇したのではないかと思ったけれど、東京へ帰る日「黒糖アイスを食べ損ねた…。」と本当に残念そうだった。(東京へ戻る時、高知竜馬空港でもクボタのアイスを食べた。)
展覧会はいよいよ明日。できることは全てやった。
つづく