この道でいいんだといつまでも確信がもてない道を通るのは、本当に久しぶりのことだった。道の右側を見下ろすと川、左側にはすぐ山が迫り、Uターンができない一本の山道。舗装されていない道はとにかくデコボコしていて、進むたびに車の底がガリガリ!とひどい音をたてる。水の溜まった轍に何度も突っ込み、右に左にぐらんぐらんと揺れる。
本当にたどり着けるのか…。
でも、とにかく行くしかない。
今日行きますね、と約束したのだから。
ガリガリいう音にいつのまにか慣れたころ、ふと思い出した。
「電線をたどって来たらいいきね」
確かそう言っていた。
運転席から見上げると、うっそうと立ち並ぶ杉林にまぎれるように一本の電柱が立ち、少し離れたところにまた一本立っていた。その間には一本の電線が通っている。
これだ!
この道でいいのかもしれない。
それから10分くらいたっただろうか。
遠くにそれらしき屋根が見えた時「あった!」と思わず声が出た。それまで薄暗い山の間の道を通って来たせいか、太陽に照らされてオレンジ色に光っているその屋根が眩しかった。
小さな橋を渡って、ここからは歩いて家に向かおうと車をとめた場所はじめじめとぬかるんでいる。イノシシが掘り荒らした跡があちらこちらにあって、つまずきながら歩く。吐く息は白くひんやりとしていて、深呼吸したくなるような澄んだ空気がそこにあった。
賀恒さんは、毎日この道のりを通っているのか…。
ひれ伏すような気持ちになりながら、屋根が見えた方へ向かって歩いた。
細い坂道を登っていくと、急に視界が拓けた。
ぐるりととり囲むように右も左も広大な斜面が続き、どこも綺麗に草が刈られている。立っている場所から360度見渡せるこの空間に、まるで空からスポットライトが当たっているかのよう。
あれはきっとゼンマイ畑なのだと思う。斜面の真ん中に小さなハゼが立ててあって、ほぼ乾きつつある小豆が干してある。畑には芽を出し、大きくなり始めた黄緑色の白菜や小さなチンゲンサイの苗が植えられていて、寒さや雨に負けないよう根元には藁がしいてある。
確かにここで暮らしている人がいる。
正面にある母家からラジオの音がする。そのラジオの音に私の足音が重なり、今までここにあっただろう静けさが急に人の気配を帯びたものに変わったのだと思う。台所で座っていた賀恒さんがもうこちらを向いていた。
賀恒さんは、いつものように笑顔で迎えてくれた。
ここは賀恒さんの芥川の家。
「高峯神社の守り人 その2」に続く」
*賀恒さんに教えてもらった「高峯神社への道しるべ」についての記事です。