少年時代の思い出の中で、いまはもう見なくなったなあと、妙に懐かしさを覚えるのが“富山の薬売り”である。
「越中富山の薬売り…」と歌にまでなっていて、その姿はまさに山里に欠かせぬ点景でもあった。
たしかに、大きな荷物を背負い、年に一度か二度、富山からやってくる薬売りさんは、どの家ともなじんで、親戚の人が来るような感じだった。
各家に置いてある薬を補充し、服用した分の精算がすむと、出された茶を飲みながら、しばらく話した。全国各地を回っている人なので、その話は結構な耳学問になった。
小学生の頃までは、時々富山のおもちゃなどを土産にもらったので、その人が来るのを心待ちにするようになっていた。まだ戦時中であった。
薬売りさんは西石原の旅館に何日も泊まって、薬を置いてある家を回る。そのため家で会うだけでなく、小学校に行く途中や帰る途中に会うと、しばらく同じ方向へ一緒に歩くこともよくあった。そんな時には富山の色んなことを聞いた。
驚いたのは雪のすごさであった。道ばたにある杉の木に近寄り、目の高さぐらいの所に手を当てて、「富山では、これぐらい積もるのは珍しゅうないからね」と、笑顔で言ってくれた。
楽しかった思い出の一つに、アメゴ釣りの時のことがある。
一人で釣りに行って、夢中で瀬を見詰めながら餌を流していると、水面に人影のようなものが映った。
見上げると、薬売りさんが橋の欄干から身を乗り出すようにして、私を見ていた。太陽を背負う位置だったので、影が水面に落ちていたのだ。
私が挨拶代わりに手を上げると、薬売りさんは水面を指さして、そこに行く、というしぐさをし、渓流に下りてきた。そして、「ちょっとやらせて」と言って、私の釣竿を操りながら、富山で子供の頃から釣ってきたと、楽しそうに話してくれた。
アメゴは釣れなかったが、薬売りさんの目の輝きはまだはっきりと記憶の中にある。