ある日、長男が枝に付いたふたつのサナギを持って帰ってきた。学校で見つけて、家で蝶にさせたいと言う。サナギをじっくりと観察したのなんて、何十年振りだろう。見れば見るほど奇妙な形。無駄の無い機械的な曲線は何かの部品のような印象だ。なんの種類だろうね、うまく蝶が出てくると良いねと話をした。
容器に入れたサナギたちを、その辺に雑に置きっぱなしにしていた息子。僕も存在をすっかり忘れていた。何日かが過ぎ、いつまでも羽化しないサナギの扱いに、ついに困ったのだろう。「これどうしたらいい?」と僕に見せに来た。しかし、昆虫に疎い僕にもさっぱり分からない。枝に付いているサナギを支える糸は切れかかっていて、放っておいても羽化できるのか心配だっし、まだ生きているのかも不明だった。
手に取るとカラダをよじらせたので、生存が判明。ならば何とか誕生させたいと、色々調べたがこれだという情報に行き着かない。考えた結果、サナギのお腹の部分をセロテープで枝に固定し、花瓶に挿して、見守ることになった。前を通るたび状態をチェックし、お参りするように心の中で手を合わせて「無事出てきますように」とお祈りした。
さらに数日が経ったある朝、外に出ると、朝露の付く草に一羽のキアゲハが留まっていた。
枝を確認すると二匹とも抜け殻だけになっていたので、きっと夜の間に羽化したのだろう。
長男に伝えると他の子どもたちも起きてきて、皆で蝶を囲んだ。黄色と黒をベースにした体色が草の緑に映える。卵から生まれたイモムシがサナギになって、色鮮やかな蝶になる。改めて考えてみれば、なんというドラマティックな完全変態。生まれてからこの世を去るまで大きさくらいしか変化しない人間からすると、なんて不思議な生き物だろうと思う。
触りたいと言う次男の手に、そっと載せるとしばらくじっとしていたが、間も無く羽ばたいて飛んで行ってしまった。
思いつきだったセロテープ作戦が成功して、ホッとした一日のはじまりだった。