土佐町のあちこちで「苗床」の準備が始まった。
「苗床」は「なえどこ」ではなく、「のうどこ」と皆は言う。
この時期に顔を合わせると、大抵の人は「のうどこもやらんといかんし、山菜も取らんといかん。忙しい忙しい!」。そう言って足早に自分の仕事へと向かう。
「苗床」は苗の床、すなわち苗の赤ちゃんを育てるベットのこと。そのベッドに種籾をまいたトレーを並べ、保温のためシートをかける。お米を作っている友人によると、大体4〜5日後にシートを少しめくり、芽が1センチ位に生え揃っていたらシートを剥がすそうだ。そして、そのまま田植えにふさわしい大きさの苗になるまで育てる。
長年の経験と知識が問われるこの作業は、その年のお米の出来を左右すると言われるほど重要な仕事だ。
4月22日、午前9時。空気はまだひんやりとしているが、雲の間から差し込む光が今日は暑くなると教えてくれている。
麦わら帽子を被った人が、苗床の準備をしていた。整えられた土の床には肥料が撒かれ、周りは水で囲まれている。その人は、柄の先にローラーのついた道具を水にじゃぶんと浸し、勢いそのまま床の上をコロコロと動かしていた。
ジャブン、ジャブン。
土と水が重なり合い、床は水をたっぷり含んでいく。
「こうやって土に水分がいくようにするのよ」
その人は手を休め、教えてくれた。
あたりは土と水が混じった、むんとしたにおいで満ちている。あちこちでカエルの鳴き声が響き、空にはトンビがくるくると舞っていた。
ジャブン、ジャブン。
その人はまた田と向き合い、床を整え始めた。
毎年繰り返されてきたこの営みが、この土地を支えている。