田岡三代

 

 

山の人、町の人。先祖代々住む人、都会から越してきた人。猟師さん、農家さん、森の人、職人さん、商店さん、公務員…。

人口4,000人弱の土佐町にはいろいろな人がいて、いろいろな人生があります。

土佐町のいろいろな人々はどんな本を読んでいるのでしょうか?もしくは読んできたのでしょうか?

みなさんの好きな本、大切な本、誰かにおすすめしたい本を、かわりばんこに紹介してもらいます!

(敬称略・だいたい平日毎日お昼ごろ更新)

私の一冊

田岡三代

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「高知の近代文学さんぽ   照射と影」 高橋正 高知新聞総合印刷

自分の想いとは裏腹でも、人生で一つの区切りが出来た時、人は、次のステップへ行く方法を模索するものなのですね。

私も、次をどう生きて行こうかともがいていた時、その道のひとつに、高知市で開かれている文学学校への参加がありました。

夕方、仕事を終え、すぐさま友人二人と車に乗り込み、一年位通いましたが、思いのほか、ハードルの高い勉強会という事もあり、昼間の仕事の疲れもあり、私はほとんど居眠りばかりしていたように思います。

でも、その時出会った先生が、友人を通して著書を送ってくださいました。

それが、この「高知の近代文学さんぽ」。今年、卒寿を迎えられた高橋正先生のひたむきな文学研究に触れ、今一度、自分を振り返った書です。

 

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ほのぼのと

つきあう

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あれは、中学1年生か2年生の時でした。

1級先輩の男子に廊下へ呼び出され、

「○○君が、つきあってくれと言っている。」

と言われました。

その先輩たちのクラスは、私たちのクラスとは違って、とても荒れているクラス。中でも、私に交際を申し込んできた先輩は、親分格のような存在で、その子分のようにしている人からの伝言でした。

私は困って、友達のFちゃんに相談しました、

すると、Fちゃんが、

「先生に相談に行こう。」

というので、さっそく、担任の先生の所へ行きました。

すると、先生は、

「つきあうとはどういう事ですか?」

 

そういえば、言われてみると、「つきあう」とはどんなことなのか、私も全く分かりません。

言葉に窮して、

「……」

 

その後、どうなったのか、返事をしたのか、そのままで放っておいたのか、先生が何とかしたのか、全然記憶にないので、結末はわからずじまいですが、荒れた先輩たちのクラスは、問題児だった人たちが、順番に処分を受け、少しずつ静かになったような…。

それにしても、今更ながら、中学生にもなって、男子からの「付き合ってくれ」の告白の意味も解らなかったとは…。

今では、考えられませんね。

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ほのぼのと

告白

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先々月、妹が、「お姉ちゃん!これ見て!お姉ちゃんは文章が上手やったんやねぇ~!」と、少し興奮気味に、私が小学校六年生の時に書いた作文のコピーを持ってきました。

それを見た瞬間、何かしら「黒いもやもや」感情が湧きあがってきました。

・・・???何やろう???・・・

題名は、「九官鳥」。

そういえば、その頃、家では九官鳥を飼っていました。妹と私にとっては、懐かしい想い出。

その九官鳥がカゴから逃げた時のエピソードを綴っています。登場人物には、父・母・妹に親戚のおじさん、近所のしのぶさんの家や、森中学校の様子も垣間見えます。

・・・しかし・・・

妹が、その文章を上手だとほめる続けてるうちに、ハッと気がつきました。「黒いもやもや」の正体。

私が、宿題の作文を書いているのを見つけた父が「ちょっと、こっちへ来い!」と言って、なんと、添削を始めてしまったのです。

一連の流れはいいけれど、所々大人の言い回し。書き直したくないのに、その頃の父は偉大でした。しかたなく、書き直し提出したら、何とそれが、土佐村公民館の冊子の文芸欄へ選ばれてしまいました。

誰にも言えず、全然嬉しくない。罪悪感でいっぱい。そんな作文のコピーを見たもんだから、懐かしさよりも「黒いもやもや」感情の方が大きいのは当たり前。普段は、子供の宿題など見た事もないくせに、何故かそのときだけ父は張り切ってしまったのですね。

そして、妹がコピーを持ってきた後日、読解力のすぐれた友人2人に見せると、2人とも「すごいですねぇ~。まるで大人の言い回しですねぇ~」

やっぱり、お見通し。

私は、60年ぶりにその2人に罪(?)の告白をしました。

「それねぇ~、実は、父が手伝うてくれたがよ。私は、嫌やったのに…」

友人2人は「言わなぁ、わからんのに…(笑)」

 

私は、やっとすっきりしました。

後にも先にも、たった一回きりの父の宿題への干渉だったのに、感謝どころか、私の心には、罪悪感しか残っていないとは…。親業も大変ですね。

世のお父さま、お母さま方、お子様の宿題のお手伝いをするときには、くれぐれも、お気をつけて。

 

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私の一冊

田岡三代

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「一億円のさようなら」 白石一文 徳間文庫

「え~?テレビを観る前に読んだら、テレビが面白くないろう?」との孫の言葉をしり目に、やはり先が急がれる私は読むのです。

テレビでは、俳優さんの目や顔の表情で、その時の心の流れを読みとるのだけど、本には当然のことながら言葉で書かれてあるので、その対比がおもしろい。

「多額の遺産を叔母から相続することとなった妻とと、その事実をずっと内緒にされていた夫との心のすれ違い」が描かれたこの本。

テレビでは、主演の上川隆也のゆるぎない演技が素敵でした。

 

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私の一冊

田岡三代

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「パッチワークキルト2018.2019.2020」「西村公記グラフィックデザイン展」「山下春代版画展」

土佐町の青木幹勇記念館で開かれているイベントの写真集。

全てのイベントについては、諸事情により作成できていませんが、今、私の手元に頂いている本が5冊。

「パッチワークキルト展」の3年連続のもの。そして、「山下春代版画展」、「西村公記グラフィックデザイン展」。

みなさんの作品に込められた様々な思いが蘇ってきます。

やっぱり、写真にして残すっていいですねぇ~!

 

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私の一冊

田岡三代

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「危険なビーナス」 東野圭吾 講談社

毎週日曜の夜9時を、楽しみに待ちわびています。

「人って、たったこれだけの事で幸せに感じるんだぁ~!」とは、最近の私の実感です。

TBSのテレビドラマ「危険なビーナス」。結末を急ぐ私は、書店でこの本を購入。もう結果を知ってしまったので、安心してドラマを楽しめます。

「三十億の遺産の行方は、どこへ行くのか」。名家で繰り広げられる様々な人間模様が描かれているこの本。

又、日曜日が待ち遠しい。

 

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私の一冊

田岡三代

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冬雷 冬雷短歌会

「冬雷は、冬雷短歌会と称し、昭和三十七年四月一日創立した。」と、冬雷規定に書いてあります。

先日、土佐町土居の「カフェZOE」へランチに行った時に、ZOEのご主人、藤田英輔さんに頂きました。

藤田さんは、この「冬雷」に定期的に短歌を書いて送っているそうです。

今回の「希望への日々」と題した短歌30首。

幾度となく出て来る「妻」という文字。

ほのぼのとした短歌にすっかり、心が和みました。

 

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ほのぼのと

ミッコ

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「ミッコと呼んで!」

小学校5年生の時に転校してきた「ミッコ」は、開口一番、こう言いました。

出会いは、この一言から。

以来60年。ずっと同級生のまんまです。(当然のことですが…。)

二人とも、同じ中学校に進学、部活はバレーボール部でした。おもいっきりがよく、はっきりとしている「ミッコ」はエースアタッカー。どちらかと言えば、調整型の私はセッター。

当時は、体育館など無く、外での練習や試合でした。上は白いジャージに、下は黒の提灯型のブルーマーで、日に焼け、真っ黒になりながらの練習。それに加え、当時の先生が、あろうことか、日本が考案した「回転レシーブ」などをとり入れたものだから、背中も土で真っ黒。私は、真っ黒になりながら、「ミッコ~!」と呼び続けていました。

しかし、中学校を卒業すると、進路が分かれ、二人はしばらく遠ざかることとなりました。

…が…

再び、私は「ミッコ~!」と呼び続けることに…。

二人とも、地元で結婚し、同じ「ママさんバレー」を楽しむこととなったのです。「ミッコ」がエースアタッカー、私はセッターという構図は、中学生の時と同じです。いろんな大会に出場し、勝ったり、負けたり、多くの楽しい時を過ごしました。

その後、ミッコは、JAでの仕事。私は、自営業で、子育てと、仕事に没頭する毎日を経て30年。今はもう孫がいる年代になって、身体を思う存分使っての趣味が難しくなってきた今、「青木幹勇記念館」でのいくつかの教室、アップリケ教室や、ソロバン教室にカゴ作り教室などで、今度は静かに、「ミッコ」と呼び続けています。

 

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私の一冊

田岡三代

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「春が来た」 向田邦子 文春文庫

最近の私の一番好きな言葉に「これからの数多くの日々を愛する」というのがあります。

しかし、その日々が突然無くなる方もいます。

この向田邦子さんも、不幸にも飛行機事故という災難に遭われ、51歳という若さで亡くなりました。昭和56年のことでした。もう40年も経ってしまったのですね。

それなのに、向田さんの作品は色あせない。なんといっても、書き出しがシンプルで入り易い。

短編小説集の「隣の女」では「ミシンは正直である。」から始まる。一体、ミシンがどうした?…と、一言で本の中へ引き込んでいきます。

大好きな人でした。

 

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私の一冊

田岡三代

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「般若心経  心の大そうじ」 名取芳彦 三笠書房

仏教徒でもないのに、「般若心経を唱えるといい」と聞くと、にわかに暗誦してみようかと思い立つ。…が…。やっぱり途中で挫折し…、いつもの繰り返しではありますが、時々、ふっと仏教の教えの言葉に惹かれることがあります。

「正しいこと」だけにこだわらない生き方→「無苦集滅道」の意味

ま、時には「心のそうじ」をしてみるのもいいかな?

 

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