山村育ちだから、色んな動物や鳥の、色々な料理を食べた。狸汁もその一つである。狸の捕獲を一度手伝ったので、汁の味よりも、捕獲現場での思い出が消えない。
終戦の前年、昭和19年の冬のことで、私は小学校6年生であった。
ある日、西石原の実家近くの道で、親戚の窪内重太郎じいさんに会った。そこでじいさんから、
「狸をとりに行きよる。手伝うか」
と言われ、面白そうだと思って、一緒に山へ歩いた。じいさんは、当時で言えば5尺そこそこ、1メートル50センチあるかないかの小柄だが、大きな袋を背負い、腰には鉈(なた)と鋸(のこぎり)を付け、うちわを二つ持っていた。
道々聞いたところでは、昨日山で狸を見かけた。追っかけると、岩の小さな穴に逃げ込んだ。そこで穴の入り口に石を積んで、狸を閉じ込めた。そいつを煙でいぶり出す、ということであった。興味が湧いてきた。
そこに着くとなるほど、大きな岩にある直径30センチほどの穴の口に、ぎっしり石が詰まっていた。
じいさんは背負っていた袋から、古い蚊帳を取り出した。そしてそれを拡げて、穴の口にすっぽりかぶせた。そのあと、蚊帳をくぐって、詰めてあった石を全部取り除いた。
そうして、蚊帳の端々に重しの石を置いて浮き上がらないようにし、
「よし」
と言って、穴の正面で火を焚き始めた。もちろん、蚊帳に燃え移らないような場所である。初めは枯木をどんどん燃やし、次に杉や桧などの生葉を火の上にどさっと置いた。忽ち猛烈に煙が上がった。じいさんから、
「それ、穴へ煽ぎ込め」
と言ってうちわを渡されたので、二人で煙を穴に煽ぎ込んだ。穴の入り口にかぶさっている蚊帳を通して、煙がどんどん穴に流れ込んだ。二人で生葉をくべては煽ぎ、くべては煽いだ。
それを続けていると、じいさんが、
「出るぞ」
と言ったので見ると、穴に入っている煙の渦が微妙に揺れ、中からこげ茶色のかたまりが飛び出してきた。それが蚊帳にぶつかって、もんどり打った。
そのあと、入り口から拡がっている蚊帳に添って走ろうとしたが、蚊帳がからまって暴れた。
「よっしゃあ」
じいさんは狸を蚊帳でぐるぐる巻きにし、腰の鉈を引き抜くと、鉈の背で狸の眉間を、
「そりゃあ」
掛け声と共に一撃。
それで活劇が終わった。
帰る途中、
「自分で狸を見つけても、一人でやったり、子ども同士で絶対にやるなよ。山へ火が入ったらおおごとじゃきに」
と言われ、そのあとで、
「今晩、狸汁を食いに来や」
と誘ってくれた。
その夜の狸汁は、何杯かお代わりをした。
ヤマシタススム
狸汁の狸は、おそらくアナグマやと思いますよ‼
とさちょうものがたり
山下様 そうなんですね。狸=アナグマだったんでしょうね^^