「喜ばせごっこ」 文:鳥山百合子
2023年12月、とさちょうものがたり編集部は「高知県地場産業大賞」の「地場産業奨励賞」を受賞した。高知県地場産業大賞は「高知県内で作り出された優れた地場産品や技術、地場産業振興に貢献のあった活動」に与えられる賞で、1986年から高知県産業振興センターが開催しているものだ。
編集部は「地場産業振興に貢献のあった活動」の分野で応募。県内の企業など56件の中から書類審査を通過し、日々の活動内容を紹介するプレゼンテーションを行った。その結果、地域社会と深く関わりながら、障がいのある方とのものづくりに取り組み、雇用の場や活躍できる場をつくっている点が評価され、奨励賞を受賞した。
表彰式の様子はテレビで放送され、高知新聞には受賞団体紹介記事が掲載された。たくさんの方に「テレビ見たよ!」「新聞に出てたね!」と声をかけていただき、とてもうれしかった。
受賞できたのは、今まで応援してくれた人たちのおかげです。本当にありがとうございます。
「よかったねえ」
新聞に掲載された日の朝のこと、一本の電話がかかってきた。97歳の近藤潔さんからだった。
「新聞を見て、記事の真ん中に “とさちょうものがたり” って出てるじゃあないか。びっくりしてねえ、賞を取ったんじゃねえ、よかったねえ、おめでとう。本当によかったねえ」
潔さんは「95年間のキヨ婆さんの思い出」と題し、土佐町で過ごした幼い頃の思い出を綴ってくれている。鉛筆で原稿用紙に書かれたお話は、ウェブサイト「とさちょうものがたり」で連載中だ。
潔さんの入院中、コロナ禍の合間にお見舞いに行くと「入院していてすることが何もないけど、書くことが生きがい」「ここまで生きてこられたのは、みんなのおかげ。なんとかね、まだまだ頑張りますよ〜」と話してくれた。
電話口で、潔さんは何度も「よかったねえ」と言ってくれた。本当にそう思ってくれていることがしみじみ伝わってくる声風だった。
私も編集長の石川も、まず実働が一番大事と思っている人間で、賞というものに対しやや無頓着なところがある。もちろん賞をいただいたことはありがたく、認めてもらったことはとてもうれしい。二人とも、周りの人が喜んでくれることで実感が湧いてくる体質の持ち主で、「おめでとう!」と声をかけられたり、お祝いの電話やメールをいただいて、初めて受賞の喜びを感じたところがある。それは「とさちょうものがたり」をスタートさせた時から変わっていない。取り組みを喜んでくれる人がいることが、私たちの原動力だった。
喜びの感じどころ
「とさちょうものがたり」がスタートしたのは2017年。町の良さや美しさ、営まれる暮らしの素晴らしさを伝えたいと写真や動画、イラストや文章などでさまざまな連載を作り、町の人にも記事を書いてもらって制作してきた。
年に2回、ウェブサイトの連載を雑誌「とさちょうものがたりZINE」にまとめ、町内には全戸配布、県内外の市町村や施設、美術館やカフェなどに送付し、設置してもらっている。読んだ人が実際に町を訪れ、移住したり、遠方の方からは手紙やメールをいただいたり。号を重ねるごとに町の人から「いつも楽しみにしてるよ」と声をかけられるようになった。
今まで多くの記事を制作し、さまざまな取り組みをしてきたが、記事を読んだご本人や周りの人が喜んでくれることが私たちの喜びだった。
撮影した写真を額に入れて飾ってくれている人。遺影にしたいから撮影してほしいと言ってくれる人。自分の写真が掲載されている号を誇らしげに友達に見せている子。執筆したお話を、数年経っても大切にしてくれている人…。自分たちの仕事が相手に届いた実感は、喜び以外の何物でもなかった。別の言い方をすれば、喜んでくれる人がいなければ続けることはできなかったと思う。
石原地区の98歳の窪内節さんのお家に伺った時のこと。節さんは毎日書いているという日記帳を見せてくれた。丁寧に綴られた節さんの日々。「新聞を毎日読んで、日記を書く。そしてごはんを食べる。それが私の仕事です」と話してくれた。
ふと、机に置かれた日記帳のそばに何冊もの「とさちょうものがたりZINE」が積み重ねられていることに気付いた。「あ…」と思わず声が出た私に、娘さんが「お母さんはこの本をいつも楽しみにしているんですよ」と教えてくれた。たまらず、目頭が熱くなった。今までやってきてよかったと思えた。時折現れるこういったご褒美みたいな出来事が、いつも私たちを支え続けてくれた。
人生は喜ばせごっこ
“人間が一番うれしいことはなんだろう? 長い間、ぼくは考えてきた。そして結局、人が一番うれしいのは、人をよろこばせることだということがわかりました。実に単純なことです。ひとはひとをよろこばせることが一番うれしい――”(「やなせたかし 明日をひらく言葉」より)
「人生は喜ばせごっこ」。高知県出身の漫画家 やなせたかしさんが遺した言葉だ。高知に来たばかりの頃知ったこの言葉は、ずっと心に残っていた。
「とさちょうものがたり」の取り組みは「町の人が喜ぶかどうか」、経済的な面も含め「携わる人が喜ぶかたちになっているか」という視点を大切にしてきた。そして、嘘やごまかしがないこと、必要だと思うこと、心からやりたいと思えることをかたちにしてきたつもりだ。町の人や風景の撮影も、障がいのある人とのものづくりも、町の人の生き方を書くことも、四季折々の暮らしを描いた絵本の制作も。思い返せば、ひとつひとつ作ってきたものごとの向こうに、いつも誰かの姿を見ていた。
私たちは、目の前の人を喜ばせたかったんだと思う。喜んでくれる人がいることがただただうれしくて、進んできた。
笑ってくれたらうれしい。楽しんでくれてうれしい。喜んでくれたからうれしい。「うれしい」は相手があってこその感情で、どちらか一方だけがうれしい状態は多分ありえない。うれしいのは、相手がいるからこそ。喜びを感じられるのは、あなたがいるからこそ。それはきっと世界共通の、人間が持っている特性なのだと思う。
「うれしいね」。「よかったね」。互いに伝え合い、喜び合える、「うれしい」が循環していくような世界のかたちを少しでも作っていけたらと思う。
「人間が一番うれしいことは?」。その問いの答えはどこか遠くにあるのでも、まだ見ぬ場所にあるのでもなく、あの人を、この人を、目の前の人を喜ばせること。それが巡り巡って自分の喜びになっていく。多分、人間はそういったことにうれしさを感じる生き物なのだと思う。
「人生は喜ばせごっこ」。今、その言葉はまさに真理だと実感している。