僕が千葉に住んでいたときにお付き合いがはじまり、勝手に「人生の師匠」と思い続けている佐野さんという方がいる。
佐野さんは、奥さんと農を中心とした暮らしを営んでいる木工作家。古希を迎えたばかりの彼はともかくなんでも自分で作ってしまうスーパー百姓だ。米や野菜を無農薬で育て、カトラリーや茶碗などの食器を手彫りする。丁寧な手仕事はどれも温かみがあり、彼の人柄を表すようだ。大工としての技術も高く、自宅を建てたときは、自分で山から木を切り出し、製材するところからはじまった。住めるようになるまで数年掛かったそうだが、細部は未だ未完成だとか。最後まで妥協しない彼らしい住まいだ。
そんな佐野さんが、僕の古巣であるブラウンズフィールドで、小屋を建てるワークショップをするという。第一子が誕生して以来、イベント参加から足が遠のいていたが、これはぜひ参加したいと思い、高知駅から深夜バスに乗り込んだ。
工程は三部に分かれていて、土盛り〜基礎工事、材の刻み、建前。
僕は、基礎工事と建前作業に参加させてもらった。
在来工法の良いところは、建てた後に増築や改修が比較的容易であること。のちに解体した材を再利用しやすいことだ。実際、このワークショップで使われた木材の半分以上は、別の建物を解体したときに出たものだった。
「自分で家を建てるなんて、夢のまた夢」と思っていたが、指導を受けながら手を動かしていると、なんとなく自分でもできる気持ちになってくる。作業をしながら、「僕ならここをこうして、あんなこともできる」と妄想も楽しい。最終日に棟上げをし、ちゃんと家が組み上がったときはちょっとした感動だった。
今回は会場が千葉という遠方にも関わらず、どうしても参加したかった。それは長年交流を続けている佐野さんたちの「暮らし」を知っていたからだ。里山に居を構え、周囲の環境や地域と循環できる暮らしを、常に考え実践している。「農は環境保全だ」と言う彼の信念を表すように、田畑はいつも整備され、美しい。鶏を飼い、炭を焼き、稲藁を編む。その日その日を丁寧に生きるうちに、また季節が巡る。
講習やワークショップに参加するとき、その内容はもちろんだが、講師がどんな暮らしをしているのかにも注目する。その人の生き方や暮らしぶりが、自分のそれと重なる部分が多いほど、有意義な時間になると考えるからだ。
佐野さんと一緒に過ごした数日間は、案の定、とても濃い、学び多き時間だった。他の参加者とも新しい繋がりができた。密かに驚きだったのは、イベント中、ゴミがほとんど出なかったこと。お昼ご飯は奥さんの美味しい手作り料理、おやつは敷地に生るみかん(見た目は悪いが、味が濃い!)と朝煎れたお茶だった。木っ端は集めて焚き火をし、みかんの皮はコンポストへ。空き缶ひとつも見ることはなかったが、「そんなことは当たり前」とでも言うように、着々と作業を進めていく佐野さんの姿勢に益々惚れ込んでしまう。
僕が家を建てる予定はまだ無いが、今回の体験で、その夢が現実にぐっと近づいたのは大きな実りだ。
写真:棟上げのとき、屋根に登る佐野さん(右)と参加者。みな楽しそう。