飼い猫のイネオが何かを咥えて、僕の視線の端っこを通り過ぎた。
トカゲかな、いや影が大きかったから、ネズミかモグラか、、、とぼんやり考えたあと、ハッとして後を追いかけた。
彼の口から首を咬まれたヒヨコが力なくぶら下がっていた。
「イネオ!」と叫ぶと、すぐにヒヨコを離して、どこかへ行ってしまった。やってはいけないことをやってしまった、と感じ取ったのかもしれない。
地面に横たわった小さな身体はもう動かなかった。
誕生から二ヶ月半が経った二羽ひな鳥たちは、身体も大きくなって、もうヒヨコの面影はない(分類的には中雛と呼ぶみたいだ)。卵のときから子どもたちが世話をしていたので、人によく慣れ、巣箱から出しても逃げることはなかった。今まで入っていたダンボール製の小屋は狭くなってきたし、そろそろ外で飼おうかと家族で話していた。ただ、うちには猫がいるし、夜になると狸やハクビシンなどの獣も来るかもしれない。親鳥に虐められる可能性もあったので、鶏小屋の空間を半分に区切り、大きくなったひなたちの新しい住まいにして数日が経っていた。
きちんと仕切りをしたつもりだったが、どこかに隙間があって、そこから外に出たところを狙われてしまった。家族が目を離していたのは短い間だったが、不幸中の幸い、もう一羽は無事だったので、前の巣箱に戻した。
真っ先に走り寄って来た長女は、まだ温かい亡骸を抱きしめ、泣き続けていた。外の小屋で飼うことを提案し、仕切りを作ったのは僕なので、彼女に謝ったが、何を言っても耳に入っていない様子だった。
しばらくして学校から帰宅した長男に事の顛末を話すと、じっと黙ってしまった。死んでしまったひなは長男が特に可愛がっていた子だ。お別れをするか?と尋ねると、「見たくない」と言った。
自分たちが育てていた「いのち」が一瞬でどこかへ行ってしまった。いままでそこにあったものが消えてしまった。子どもたちが「死」を強く実感した出来事だったと思う。僕は、起こったことを彼らが受け入れるまで、待つことにした。
そのうち、長女と長男は、ふたりでお墓を作る場所を探しはじめた。どこにするのか迷っていたが、家の前にある花壇に埋めることになり、土を掛けた上に石を置き名前を書いた。
ヒヨコが生まれたときの話はこちら。