土佐町栗木地区に近藤潔さん(95歳)という方がいます。潔さんは書くことがとても好きな方で、今まで、高知新聞の「あけぼの」というコーナーに何度も投稿されてきました。とさちょうものがたりでは、「95年間のキヨ婆さんの思い出」と題し、土佐町で過ごした思い出を綴ってくれます。
(2024年5月27日追記:潔さんは現在98歳。この連載を開始したのが95歳の時だったので、題名はそのままとしています。)
越中富山のくすり屋さん
今から九十年昔、昭和初期の頃、私の生まれた土佐郡森村相川という田舎の村には、病院という所はなく、「オイシャサン」という人がいて、私の家のすぐ下に住んでいて、カゼで熱が出たりしたら服み薬だけで、注射とか聞いたことも見たこともなかった。昔から伝わってきた、野草の煎じ薬で養生していました。
そこで役に立ったのが、越中富山の置き付けの薬でした。年に一度の入れ替えに来ていました。着物の裾をお腰の上にからげて、鳥打帽を被って、小さな行李を三段位重ねて、広い紺の風呂敷に包んで背負っていた。
家には置き付けの薬箱があって、服んだ薬代を払って新しい薬と入れ代えて、その次に、子ども達の楽しみがあったのです。サービスのカレンダーやお箸等、そして最後に子どもの喜ぶ紙風船。フーとふくらませたら、花や人形の絵がいっぱい出てくるのです。それが欲しくて、兄妹三人で、側にキチンと座って待つのでした。子どもの数を見て、ニコニコしてくれるのです。薬屋さんが帰るのを待って、三人でフーフー膨ませて、キャーキャー言いながら家の中をまわって破れるまで遊んだ、本当に楽しかった懐かしい思い出です。
現代の子どもと違って単純な遊びでした。心も素直だったかもネ。
悪いことの多い現代、昔のように穏かな人生で終わりたいと思う毎日です。