「御神木に手を当てて、目をつぶってごらんなさい」
「輪抜けさま」の取材の帰り、白髪神社の宮司である宮元序定さんが声をかけてくれた。
白髪神社の御神木は樹齢600年ほど、今まで何十回もの落雷を受けているそうだ。
御神木を見上げると木の幹同士がつながり、途中から二つに分かれ、上へ上へと伸びている。木肌は苔に覆われ、触れるとしっとり柔らか。苔と木肌の間をアリが動き、カナブンのような虫がゆっくりと歩みを進めている。
そのまま目を閉じた。
木肌の呼吸を感じる。頭上には蝉の鳴き声。山の水がかまちを流れる豊かな水音。頬を涼しい風が通り抜けていく。それまでざわざわとしていた胸のうちが、だんだんと鎮まっていくのが分かった。
この御神木は、この場所に立ちながら何を見てきたのだろうか。
そんなことを考えながら目を開けると、ふうーと深い息を吐いた自分に気付き、そのことに小さく驚いた。深い呼吸を意識したのは久しぶりだった。
ふと、来た道を見ると、しめ縄に結ばれた紙垂が揺れているのが見えた。そのもとには青々とした稲が広がっている。
宮元さんは言っていた。
「お白髪さまは見ていてくださっていますよ」。
来た時とは少し違う心持ちで白髪神社をあとにした。