幻の山菜。
山菜の王様。
土佐町にはそう呼ばれる山菜があります。
その山菜の名は「しおで」。
「しおで」との初めての出会いは、何年か前に近所のおばあちゃんと一緒に梅をとった帰り道でのこと。それは田んぼの畦に生えていました。くねくねとした茎から細いツルをいくつも伸ばした細いアスパラのような植物をポキンと折って、
「これはしおで。さっと湯がいて食べてみや。美味しいで」
とおばあちゃんは手渡してくれたのでした。
その美味しさは、アスパラに野生の味が加わったと言ったらいいでしょうか。おばあちゃんに教えてもらったしおでの味が忘れられず、毎年の梅の時期に田んぼの畦や道端を歩いてはしおでを探す日々。でもなかなか見つかりません。野生のしおではいつでもどこにでも生えている訳ではないのです。
そんなある日、近所のスーパーの産直市で「立派なアスパラ」のようなしおでが束になって売られているのを見た時は、本当に驚きました。
土佐町にはしおでを栽培している人がいます。
土佐町瀬戸地区の岡林増榮さん。
瀬戸地区は土佐町の街中から車で50分ほど。アメガエリの滝や稲叢山、瀬戸川が流れる山深くとても美しい場所です。
岡林さんがしおでを育てている畑は標高800メートルの場所。岡林さんは土佐町で指折りのゼンマイ農家さんで、いくつものゼンマイ畑を抜け、落ちたら助からないだろう細い山道を上がっていったところに畑はあります。
遠く向こうまで広がるしおで畑。
よくぞこの場所に畑を作ったなあと眺めていると「元はここはゼンマイ畑やった」と岡林さんは話してくれました。
「太いのは茎の先に一本しかできないんやけど、大きいのよりか小さいのが美味しいで。花が咲きゆうろ、これも一緒に食べられる。一般の野菜よりも貴重価値が高いんやで」
岡林さんはそう言いながら手でポキポキ折って収穫していきます。
「僕が好きなのはかき揚げやね。美味しいで!生のを切って、衣とあえて揚げる。あとは油で炒めてだしを加えて、卵とじにしても美味しいで!」
「取れ始めは6月半ばから、7月10日くらいまでやね。高知市の城西館や土佐町のスーパー末広に出荷してる。高知で作っているのは僕ぐらいのもんじゃないろうか。四国でも聞いたことない」
今から30年以上前、ゼンマイの後に収穫でき、収入になる作物はないだろうかと考えていた時のこと。
ある日入った食堂で、隣に座ったトラックの運転手らしいおんちゃんたちの声が聞こえて来たそうです。
「『しおで』というのは、そりゃあ美味いぞ!なあ!美味いわにゃあ!」
岡林さんは、野生のしおでの味をもちろん知っていたので、その言葉で「しおでを育ててみよう」と決心、育て方を聞こうとすぐに農協や農業普及所へ相談に行きました。けれども育てたことのある人が誰もいなかったため資料は何もなく、岡林さんは1人で試行錯誤を始めました。
まずは野生のしおでを根ごと引いて、畑に植えてみたそうですが、なかなか育たない。しおでは株を中心に半径2メートル以上ぐるりと根を伸ばすため、山から引いてくるとどうしても根が切れてしまうからだそうです。
「根が切られるのは、しおでには死活問題。植えてもようよう生きちゅうばあよ。そればあ根がはっちゅう。そりゃあすごいぜよ」
「根を大事にせないかん。だったら種からやってみようと思った」
しおでには小さな黄緑色のつぶが集まったつぼみが付いていて、だんだんと大きくなり花が咲くと「まん丸のブローチ」のような形になるそうです。そして真っ黒い種ができます。
育苗箱に種をまき、条件の違う色々なところへ置いて苗をたてようとした岡林さん。3年間、待てど暮らせどいっこうに芽が出ず、何回も「もうやめろうか…」と思ったそうです。
(「幻の山菜 しおで 後編」に続く)