(牛と共に生きる その4)
預託施設
町内全体で土佐あかうしを増産していくため、「土佐町内の牛を1割でも預けられる預託施設を町に構えてもらったらどうだろう」という話が組合で持ち上がった。牛を多頭化するためには牛を置く場所が必要になる。牛を預けて飼育できる場所が他にあれば、農家は労働力不足を補い、経営を効率化できる。生産性が上がれば収入が上がり、農家を守ることにつながる。高廣さんは組合長として担当の町職員や当時の町長と話し合いを重ねた。「我々生産者も頑張ってやるき」。2006(平成18)年、50頭近くの牛を預けられる預託施設が町に完成した。預けた牛は冬の間は施設で育て、夏は放牧場へ。町が施設を作り、組合が経営を担う。預けた牛の世話をする常勤の職員を組合で一人雇った。町内全戸の肉用牛農家が組合に加入し、誰もが使いたい時に使えるかたちにした。
他にも、町と農協の両方が出資した資金を置き、個人が頭数を増やしたい時にお金を借りられる仕組みをつくった。「資金がすぐに融通できんでしょ。営農指導員が一つの借用書をこしらえてくれて、連帯保証人はあまりいらないようなかたちで。5年以内に返すという約束で、それだったら返しやすいでしょ。みんなが利用できるかたちをつくって、多頭化してきた経緯があるがですよ」
複雑だった手続きをなるべく簡単にした。生産者の誰もが必要な時に使える仕組みを。使いやすくて継続できる仕組みを。組合で話し合い、町に提案し実現していった。高広さんはさらりと話してくれたが、意見をまとめ上げる苦労や苦悩は要約して語れることではなかったはずだ。
「一つの組合長をしよった以上、みんながそうあったらいいということは常に考えていかんといかんかなと思う。それだけのことです」。
川井規共さんのこと
2001(平成13)年、宮崎県の農業大学校で畜産を学んだ川井規共さんが土佐町に帰ってきた。父親の高廣さんと共に仕事を開始。自分自身で仔牛を飼育して出荷するため、お金を借りて54頭ほど入る牛舎を建てた。市場の競りで生後約8ヶ月の仔牛を4頭買い、育て始めた。約20ヶ月間飼育し、出荷。出荷してスペースが空いたら、また仔牛を買ってきて育てる。そのサイクルをつくっていった。
規共さんは、幼い頃から牛がそばにいることが日常だった。両親と一緒に餌をあげたり、高校生の頃からは機械を使って稲わらや草を短く切り、餌の準備をした。中学3年生の時、家業を継ぐと決め、高知県立高知農業高等学校畜産総合科に進学。その後は畜産の先進地である宮崎県立農業大学校畜産学科へ。母牛を飼ったり牧草を育てたり、トラクターなど大型機械を扱うための大型特殊免許を取得。家畜人工受精師の資格も取得した。卒業後の半年間、宮崎県内で肉用牛の一貫経営を行う農家に住み込みで研修をさせてもらった。各農家でやり方が異なるので、とても勉強になったそうだ。本当はもっと研修を続けたかったそうだが、実家から「帰ってこい」と言われて戻ってきた。2001(平成13)年、規共さんは20歳だった。
仔牛を育てる
規共さんに、どのように仔牛を育てるのかを聞いた。
現在、川井畜産が育てる350頭の牛のうち100頭が土佐あかうしの母牛だ。母牛が仔牛を産む分娩室が全部で16ほどあり、仔牛を育てる専用の保育施設もある。産まれて2~3週間位したら親子を早期分離させる。3ヶ月間、人間が人口ミルクを与えて世話をする。少しずつ集団に慣らし、5〜6頭の群れにして順次育成。雄は肉用牛に、雌は血統や体質、成長が良いものを見極め、仔牛を産む母牛として残す牛と、肉用牛にする牛とに分ける。
繁殖農家の場合、生後9ヶ月位までに市場へ出すことが一般的だ。一貫経営を行う川井畜産では少しでも熟成させて美味しい肉にするため、31〜32ヶ月の月齢になるまで飼育し、出荷している。
仔牛は産まれて2〜3ヶ月もすれば、ミルクを飲みながら母牛の真似をして食べ始める。仔牛だけが入る部屋があり、その部屋から仔牛は自由に出入りして母牛の元へ行き、母乳を飲んだりしながら日に日に大きくなっていく。
「牛は配合飼料が大好きで。粗飼料をやってから配合飼料をあげると大体寄ってくる。寄ってこん牛は調子悪いんかなと。そういうところでも牛の体調を判断します」
牛の調子が悪い。それはどういう状態なのだろう?
「調子が悪い時は餌を食べない。そういう時は牛に熱があったり、風邪を引いていたりする。仔牛の平均体温は39度。親はそれより低くて38度ちょっと。38度を切ったら低すぎる。ミルクしか飲んでいない仔牛の下痢が続くと、脱水状態になって、低体温になって死んでしまうことがある。そうなる前に、家畜保健所の獣医さんに来てもらって点滴してもらう。そうしないと死にますね」

健康で元気に育つ牛ばかりではない。何かを踏んで足を痛めたり、昨日まで元気だったのに次の日は体調を崩したり。特に仔牛は寒暖差で風邪を引いたり、熱を出しやすい。「仔牛の場合は下痢を見過ごしちょったら大変やし、肺炎も起こす。肺炎をこじらせたら死んでしまう。こじらせたら元気になっても、その後ずるずる引きずる。大きくなっても季節の変わり目に体調を崩しやすかったり、食べられないとか」
生まれつき弱い牛もいるし、生まれても助からない牛もいる。「風邪を引いた牛の治療が遅れたら自分のミス。朝晩は必ず餌をやるので、餌をやる時が一番牛をみる時ですね。調子の悪い牛がいたら、すぐに気づいて獣医さんに診てもらったりしてケアをする。すぐ死んだりするんで。それが牛飼いの仕事です」
ちなみに、牛が寄って来なかったとしても、反芻している牛は大丈夫なのだという。
「牛って、座ったままでも寝ながらでも口をもぐもぐしてるでしょ。牛は胃が四つあって。一気に消化できんけ、寝てる間にも食べたものが口に戻ってきて。またもぐもぐしながら、そうやって消化していく」。もぐもぐしているのは食べているから。だからこの牛は大丈夫。牛をよく観察し、体調を確認しながら、成長に必要な手助けをする。規共さんの言う「牛をみる」ことは、「見る」ではなく「看る」。人間が子どもを育てることと似ているなと思う。「それが牛飼いの仕事です」。規共さんの声が心に響いた。
牛の発情期
観察することはまだある。母牛の発情だ。母牛の発情期は平均21日周期。発情したら他の牛に乗ったり、落ち着きがなくなって鳴いたり、他の牛に乗られてもじーっとしている。その発情動作は一日だけ。見逃さないよう観察し、見つけて種付けをする。もし受精していなかったら、21日周期でまた発情動作が出る。発情動作を見逃したら仔牛は産まれない。見逃してしまうと餌代が増えるだけになるため、妊娠させて産ませるサイクルをできるだけ効率的に繰り返す必要がある。そのため日々の観察が欠かせない。
順調にいけば種付けから約285日後、仔牛が産まれる。無事に出産してから35日以降に発情する牛もいて、その場合はまた種をつける。健康な母牛が1年に1回仔牛を産む、それが目標だ。川井畜産の一番のベテラン母牛は、14~15頭の仔牛を産んでいるそうだ。
分娩前には牛の膣の中へセンサーを入れ、24時間確認をする。お産が近くなると連絡が来て、破水と同時にセンサーが抜け落ちた時には、携帯電話に「駆けつけてください」という連絡が入る仕組みになっている。
多い時は月に10頭以上産まれる時もある。その都度気をつけていながら、行ったらもう産まれていることも。「胎児が大きい場合や逆子の場合は、介助をしちゃらんといかん。気づいちゃれんかって、産まれても死んじゅうときもある」
生まれつき弱くて、獣医さんに点滴をしてもらっても、どこか異常があったりするのか死んでしまうときも。「全部が無事に産まれてきて、元気に育ってくれたらいいですけど。途中で死んだりしたら、死なすのが一番かわいそうなんで。殺してしまうとね、精神的にもしんどい」
牛が死ぬ。規共さんは、そのことを話す時は伏し目がちだった。
(牛と共に生きる その5 に続く)



