「闇の守り人」 上橋菜穂子 偕成社
私は図書室で貸りた2冊を一晩で読みきり、守り人シリーズを進めてくれた友人に感謝を伝えにいきました。そのとき彼女は「私は闇の守り人が好き。特にバルサとヒョウルの舞う、槍舞いのところが…すごい好き。想像できても言葉にできん。」確かこのように言っていたように思います。
今回の私の一冊は、「精霊の守り人」の続編、「闇の守り人」。
この巻は女用心棒として誰かを守ることで物語られるバルサが、自身の壮絶な過去と向き合う話です。
王弟の野心のため謀殺された父。親友である父の願いを受け入れ、地位も家族もすべてを捨て、自分を助け逃げ続けてくれたジグロ。追っ手として差し向けられたのは、かつてのジグロの盟友であり親友達。バルサの為に、彼らすべてを殺さなければならなかった、ジグロ。バルサは王弟に復讐するため、狂ったように短槍を振いました。ジグロは幼いバルサに槍術や体術と共に、様々な生きる術を叩き込んだのです。独りでも生きていけるように。しかし、バルサが夢みた復讐は王弟の病死であっけなく潰え、ジグロは病を得てあっという間に朽ちるように亡くなりました。それが6年前のこと、バルサが25~26歳の時です(私が前回物語に登場する歳に近づいたと表現したのは、このことからです)。彼女は過去をまざまざと思い出しながら、25年前、故郷のカンバル王国から新ヨゴ皇国へ逃げ道として使った、滝の流れ出る常闇の洞窟の前に立っていました。
「闇の守り人」は既に終わったはずの物語から、新たに始まる物語なのです。
故郷は記憶の通り貧しくとも、澄んだ空気に高い空に白く光る山々でとても美しい国でした。しかし、今だに続く陰謀が国を未曾有の危機にさらしていたのです。バルサも否応なく巻き込まれていきます。バルサは思います。“どうして己はフクロウに追われるネズミのように、逃げ続けているのだろう。いっそ、この怒りの先に何があるか突き抜けてみよう。“と。
バルサは、踏みにじられた父や己や養父ジグロの人生、人を殺す道を歩まざるを得なかった苦しみや痛み。復讐の相手はおらずとも、くすぶり続ける怒りと憎しみ。武人として戦わずにいられない暗い疼きと凶暴性。ジグロへの負い目や後悔。すべてに向き合い、怒りの向こう側へ向けて、答えを槍舞いに込めます。
私は「闇の守り人」に妙に引っ掛かりを覚えていました。読んでいると時々心がじくじくするのです。ジグロは王家の武術指南役で氏族長の次男であり、幼くして槍術の神童と呼ばれ誉高い人間でした。ですが、バルサを助けるために全てを捨てました。後悔がないとは言えないはずです。刺客たちは、かつての親友なのです。親友達の命を絶つ度に慟哭し身を割くような痛みを感じていたジグロ。一瞬でも、“バルサさえいなければ“と、思わなかったはずがありません。著者はそのような場面を躊躇なく描きます。描写します。読者に想像させます。
私はこれを現実に置き換えてしまうことが度々あります。実の親子でも“この子さえ居なければ…“と思う一瞬が、誰にでもあるのではないかと思うのです。私は親ではないので、親の立場では分かりません。ただ慄くだけです。子としては、“この子さえ居なければ…と親に思われる事があったのではないか、それだけの事を私はしたはずだ“といつも確信していました。“私なんて、いない方がいい。この家族は4人家族でいい“と、勝手に思ってしまうのです。この思考回路は、明らかに持病の一因です。
著者は、槍舞いで、体の動きや音や色を的確に描写し、二人の感情の全てを映し出しています。惜し気なくさらけだし、躊躇なくぶつかり合わせている。そうして、バルサはジグロの心を救い清め、シグロはバルサの心を慰め癒していく。舞い終わった後には新たな絆が結いなおされています。そういえば、この場面を最近私は体験したように思います。あれは多分、私と両親の槍舞いでした。私がこの世から居なくなりたいと思って行動した時、思っていたことを伝えた時、そうじゃない、ゆかりは大丈夫だと、大事だから必要だからと、両親に鼓舞されました。私は両親の言葉を信じました。なにかが結い直されたんんだと感じました。
今となっては、私の感じる「闇の守り人」に対する妙なじくじくした気持ちは、この感情をぶつけ合いへの羨ましさだったのかもしれません。今は守り人シリーズの中でも特別な1冊のひとつです。槍舞いは作中にある通り、ヒョウルを弔い、清める儀式。自分の中にあるどうにもならない気持ちを、どこかにぶつけて弔って清めてまた新しく、そんなイメージが持てるこの本は、私のような(笑)ちょっと病んだ人や、悩める大人にオススメです。もちろん、小学生の時に出会っておくのも間違いありません。友達に「この本すっごくいいよ!」と自慢できるのですから。
それではこの辺で。
~ちょっと続き~
私に守り人シリーズを勧めてくれた大恩あるその友人は保育園、小中学校、高校、大学(学部は違えど)ほぼ一緒の腐れ縁です。彼女は今、白衣の天使もとい、白衣の阿修羅として日夜働いています(彼女を怒らせたくはありません!)。またしばらくしたら飲みに誘う予定です。近状報告と、守り人シリーズの話でもしながら。