事件に対する保護者らの反応を知った僕は、ホッと胸をなでおろした。一人は、そもそもUSBが無くなったことがなんでそんな大ごとになっているのか、意味がわからないという様子だった。「うちの子の成績見たいんだったら見せちゃるき!」と言い、もう一人は、「なんで学校は、メディアに出す前に俺たちに言ってくれんかったろうね。言ってくれたら、親たちに了解とってこの件はなかったことにしたのに」と言った。
彼らによれば、保護者説明会も特に問題なく終わったそうだ。会の前半は、保護者からもっともな批判もちらほら出た。今後は気をつけて欲しい、と先生本人に注意を促す声もたしかにあった。学校の個人情報保護に関する管理体制を問う指摘や、あくまでも一教員による不祥事と位置付けて他人事のような顔をしている校長に腹を立てる親もいた。しかし、しだいに問題の背景にある教員の多忙化を指摘する親や、気にせんでいいと言う親、なかには先生だって一生懸命やってくれているのにかわいそう、と涙ながらに訴える親までいた。
その涙を見て、自分も自然と涙があふれてきた、とA先生は当時を振り返る。事件が起こった5月の連休明けといえば、A先生が土佐町小に着任してまだ1ヶ月ちょっと。
まだ信頼も勝ち得ていないはずなのに、何でこの人は僕のために涙を流してくれるんだろう?同じ高知県でも、より都会的な前任校でのできごとだったら、クビになっていてもおかしくないだろう。こういう関係ってあるんだな。
A先生は、土佐町における保護者と教員の関係に驚くと同時に、深く感動した。 残りの10ヶ月、子どもへの愛情をとおして、この親たちに恩返ししようと心に誓った。
その後、A先生が処分されないように署名運動をしようとの動きもあったが、結局は彼の責任を追及する声がどこからも上がらなかったため、教育長からの叱咤激励という異例の措置で、この件は幕を閉じた。1ヶ月後に開かれた土佐町議会でもこの問題が取り上げられたが、「この問題の背景には教員の多忙化があるわけで、それに対して町としてどうやって取り組んでいくのか」、という論点で議論は進められた。
数ヶ月後、問題のUSBは、A先生の冬物のズボンのポケットから出てきた。
テレビ報道の翌朝の子どもたちの様子を、A先生が教えてくれた。とくに女子生徒などは、この先生は何を言うんだろうか、とどこかソワソワしていたそうだ。そんななか、一人の男の子が、先生が傷付かないようにみんなを笑わせた。
「先生、ニュースにのって有名人やんか!」
(雑誌『教育』2018年12月号より再掲載)
(おわり)
真剣に子どもに向かい合う先生の誠意は必ず保護者にも伝わります。その仲立ちをするのが地域であり普段なら学校との信頼関係をつくる努力をお互いにしていたら問題が起きても最小の被害で済むように自助作用がおきます。
働き方改革の考え方も必要ですが繋がりを断つような間違った考え方が本流にならないように気をつける必要がありますね。